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雪虫 27

 起き上がった雪虫はぼんやりとしていて、青い目を覗き込んでみて初めて目が覚めたように驚いていた。 「おはよう」 「しずる!」 「具合どんなだ?」 「しずる!」  もう一度名前を呼ばれて、なんだと問いかけ直す前にどっと雪虫が飛びついてくる。  衝撃的には軽いものだったけれど、心の準備も何もないオレはしがみつかれて心臓が跳ねた。 「しずる  」  鼻にかかるような泣き声の混じった呼びかけに、何事かと顔を覗き込んだ。  青い瞳が揺れて、透明な雫が今にも落ちそうで…… 「どうした⁉︎先生呼んでくるか⁉︎」  細い指にきゅうっと力が籠る。 「良かった。いてくれた」 「いて  って、そりゃいるよ」  少しもつれ気味の髪を撫でてやり、背中に手を回すとやっぱりあの甘い花の匂いがして、胸いっぱいに吸い込むとほわほわとした気分になってくる。 「あー……この匂いなんだったっけかな」 「ん?」 「お前の匂い……」  どこかで嗅いだ記憶のある匂いだ。 「ヒートの匂い?」  いきなりなんてことを尋ねるんだと驚きつつも、首を振る。 「違うな」 「熱は違ったんだ」  ほとほとと閉じられた両眼から涙が流れ出すのを見て、思わず背中に回した手に力を込めた。  細い体は力加減を間違えると折れてしまいそうで…… 「なんで泣くんだよ」 「しずるに   」 「オレに?」  さら と髪が揺れて、頸が見えた。 「   噛んで欲しい、から」  白い頬を飾るように透明な雫が伝って、薄い桃色の唇が震える。 「それ、 どう言う意味かわかって言ってんのか?」  瞬かれた睫毛に押されて、ぽろぽろと落ちた涙が手の甲で玉を結ぶ、揺れるそれを拭いながら、雪虫がこくんと小さく頷いた。 「しずるの冬の匂い   知ってたから」 「知ってる?」 「うん、大神がたくさん並べた中にあった。だから選んだの」  たくさん並べた?  なんのことだ?  昨夜のことと言い、今のことと言い、オレにはわからないことだらけだ。  でも、一つだけはっきりしていることがあって、それを雪虫に先に言われた部分が、αと言うか男と言うか  そう言ったところをチクチク刺すんだけど…… 「オレも選びたいんだけど」 「うん?」 「雪虫を番に」  ぱちんと大きく瞬いたせいか、名残の雫が転がり落ちていった。  それを掬い取って口に含むと、甘い蜜のような気がしてくるから、αとΩの関係は不思議だと思う。 「  金の王子みたいに?」 「あー……   『君のことだけを想って、君のためだけに生きた、だから私の番になってください』」  繰り返した絵本の内容は完璧に覚えている。  Ωである金の王子に告げられたセリフを言ってやると、雪虫の瞳がキラ と光った。 「 金の、王子になった気分   」  興奮してか、ほんのり頬が赤くなって、やっぱり   可愛い。 「オレは ちょっと恥ずかしい……」  番の契約は、発情期の性交中にΩの頸をαが噛むことで成就する。  番にする  と言うプロポーズは、結婚して一生一緒にいてください!って意味もあるけれど、次の発情期きたらヤって噛むぞ!の宣言でもあり……  そこまで人生も経験もこなれないオレにとっては、恥ずかしくて転げ回りたくなるセリフだ。しかもそれが絵本の引用とか。  他の人間に聞かれてたら恥ずかしさで死ねる!

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