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雪虫 42

 鈍色の、遠浅の海、草の生えたさらさらの砂浜。 「海、だ」  元々住んでいた場所が内陸の方で、海のない県というわけじゃなかったけれど、縁のない生活だった。  小さい頃に行った記憶が微かにあるだけで、この年で来ることができて感動するとは思わなかった。  買い物に行かなくてはと思いつつも、ふらふらと砂浜に入ってしまう。  コンクリートや砂利では決して体験できない、足が砂に埋れていく感覚に、ぞわぞわとなりながらも楽しみでしかたなかった。  深い緑色のそれは、決して綺麗な海とは言えない。  雑誌やテレビで見る、抜けるような透明な水ではなかったし、流木やゴミがあってイメージとは程遠い。  水平線に、小さな島と、小さな船。 「雪虫は、見たことあるのかな……」  風の強さに、呟いた声はかき消されてしまうけれど、体力がついて、こう言った景色を二人で見ることができたらと、ぼんやりと思う。  くすんだ色のこの海も、二人で見たらまた違った色に見えるんだろうか?  靴の中の砂を捨てるも、まだジャリジャリとしている気がして、何度も立ち止まってスニーカーをひっくり返す。  線路沿いに歩いて、駅を見つけた時には心底ほっとしたけれど、帰り道がわかるかと言う心配も出てきた。  駅の前にある交番で道を聞くには、持っているタグがタグだけに躊躇してしまい、仕方なく駅の案内所へ向かった。  浜辺に長時間いたせいか埃っぽいオレにイヤな顔一つせず、年配の駅員はつかたる市のパンフレットを出して説明をしてくれた。 「  君が言ってるスーパーはこっちの端のとこだと思うよ」 「あー……結構距離あります?」  頷かれ、市の規模として侮っていたことを痛感させられる。  こじんまりとしているイメージだったが、そうでもないらしい。 「まだここに慣れてないなら、こんなところもおすすめだよ」  そう言って指差す先は『城址』とある。 「砂浜に行ってたなら、そこから石垣が見えなかったかな?」 「えっと……下ばっかり見てて」  砂浜から緩やかに続く崖なら見た。  パンフレットを見てみると、海に引っ付くような形で城址のマークが刻まれていて…… 「若い子には地味だったかな」 「いえ、あの、この城……」  指でなぞる動きに駅員は気づいたようだった。  嬉しそうに顔を明るくして、ずい と身を乗り出してこの土地の最大の観光地である城址について説明を始めた。  長かった……話を振ったのは自分だったので遮るのも憚られて、一頻り駅員が話すのを聞いて頷き、「まぁ行ってごらん」と放してもらえたのはだいぶ経ってからのことだった。 「    ずいぶん、話し込んでたね」 「う、わっ   直江さん⁉︎どうしたんですか?」  スーツを着ていても駅の雑踏に微妙に溶け込めないのは、雰囲気が会社員のものと違うからだ。 「どうって、君を迎えにきたんだよ。なかなか家に戻らないようだから、迷子じゃないのかって」 「迷子って   流石に帰れるよ」  眇めた目で見られても、まさか門限があるとは思わなかった。 「もしかしてオレにも外出制限があるわけ?」 「    さぁ、どうだろうね」  はっきりとした返事を返さないところが、質の悪いところだ。

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