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雪虫 43

 逆に睨みつけてやったが、直江は特に目立つような反応はない。 「   はぁ」  本業とこんな駆け引きで勝てるわけがない。 「車に乗って」 「迷子じゃないし、買い物して帰るんで大丈夫」  それでなくとも払いきれなくて埃っぽくて、車に乗るのは躊躇ってしまう。  ましてやそれが、いかつい黒塗りの車なら尚更だ。 「大神さんが乗っています」  耳元で早口で言われ、ひどく危ないことのように思えて躊躇った。 「急いで」  抑揚のない短い言葉に弾かれて、触れるのが申し訳ないほど磨かれた車のドアを開けて乗り込んだ。  威圧感と、キツい煙草の臭い。 「随分とのんびりだったな」  他の車に比べてだいぶゆったりしているはずの車内なのに、息苦しく感じて首元を摩った。  ちらりと盗み見ると、存在感と威圧感の割に今日は機嫌が良さそうで、煙草を咥える口の端が上がっている。 「駅のおっちゃんのスイッチ入れちゃったみたいで  話してた。城好きみたいで 」  この情報はどうでもいい話らしく、そうかとだけ返される。  滑らかな滑り出しと、振動の無さに落ち着かなくて何度も座り直す。 「海は楽しかったか?」  どこかで見られていたのかと思うと息が詰まりそうな気にもなるが、気分転換になったのは確かだ。 「小さい頃思い出して懐かしかったんだよ。あんな親でも、昔はまともで…… 」 「そうか。いつからああなった?」 「え  さぁ、なんかパチンコ行くようになってからかな」  とん と灰を落とすのを目で追う。 「そこで知り合ったそっちの筋の人とつるむようになってから   」  だったはず。  昔は普通の家庭だった。  ジジィは他所に手は出さなかったし、ババァもギャンブルにのめり込まなかった。  何がきっかけだったのか、元々だったのに気付かなかったか、小さすぎて覚えていないからか…… 「どうしてさっさと見捨てなかった?」  見捨てて?  高校を辞めた時に考えなくもなかったことだったけれど、 「   それでも、楽しかった記憶もあったからかなぁ」 「  お人好しだな」  惰性とかそう言ったものだと思っていただけに大神の言葉が新鮮で、思わずパチリと目を瞬く。 「そんないいもんじゃないけど  」  惰性よりは、お人好しと言われた方が心地良くて、面映い思いで窓の外に目をやった。  緩やかに景色が流れるのを見て、明らかに方向がおかしいことに気がついた。 「あの、アパートに向かってるんじゃ……」 「先生からの呼び出しだ」 「え、じゃあ雪虫は?」 「セキが見ている」  それなら安心かと思うも、雪虫がべったりだったのを思い出すと面白くない。

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