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雪虫 44

 万一にも何かあるとは思わないが…… 「ベータの人間も置いてある。やきもきするな」 「   大神さんはセキにしないのか?」  大人な一言にむかついて、つっけんどんに言い返してやると煙草持つ手がぴくりと動いた。 「しない。あいつには番を見つけてもらわんとな」  そう言う割には、べったりとマーキングしてあったり、常に傍に置いてあったりするのは……言ってることとやってることが違うと指摘すると、海の藻屑になるパターンか? 「番と言えば、雪虫に当てられたそうだな」 「ぅ  」  袖口から見える包帯を思わず隠してしまうのは後ろめたいからか。  ぎゅっと手首を掴んでそっぽを向いた。 「ラットの感想はどうだ?」 「    」  ぞっとした  と言うのが、正直な感想だった。 「…………なったことある?」 「ある」  簡潔な一言に全てが集約されているようで。  窺う視線で互いを見合い、その瞳の中の感想を探り合う。 「わかるな?」 「   わかる」 「なら、専門職のオメガと練習してこい」  ────は? 「あの怖さがわかっているなら、雪虫を傷つけないようにテクニックだけでも覚えてこい」  ────はぁぁぁ⁉︎  いきなり親元から引き離されたのは別にいい。  いきなり世話しろと連れてこられたのもいい。  いきなり会うなと言い出したのも……しょうがない。  でもいきなり他のやつとヤれと言われて承知できるはずがない! 「なん   ──ぃだっ!」  急に立ち上がったせいで頭をぶつけて蹲る。  涙で滲んだ目の前の爪先に動揺はなく、見上げた表情もいつものままだ。 「さすがに乱暴ですよ」  見かねたのか直江が口を挟んでくれたが、大神にひと睨みされて黙ってしまった。 「わかる と言ったな?」  Ωの誘惑の素晴らしさを、  αの理性の脆さを、  噛んだら堪らなく気持ちよくなれると言う確信も。  ──わかる。  何より、それを求める自分自身の欲求の強さを、骨の髄まで知らされてしまった。 「根性論でどうにかなるなら世の中にヒートレイプなんかない」 「わか  てる よ」  以前ならば、美味しい話と飛びついたかもしれない。 「    」  別に処女厨でも童貞厨でもないけれど…… 「雪虫としか、したくない」  そう呻くように言って大神を睨み返す。  鋭い目は触れると切れそうで、正直怖いどころじゃない。  この人に逆らえるなんて微塵も思えないけれど。 「   オレは、雪虫以外抱かない」  大神に睨みつけられてもう少しで悲鳴をあげそうになった時、車が大きく揺れて直江が「もう間もなく着きます」と声をかけてくれた。  苛つきを隠しもしないで、大神は煙草を消して舌打ちをする。  逸らされた視線に、ほっとして外を見ると、奇妙な形の白い建物の地下へと入るところだった。  比較的新しい建物だとは分かるものの、その割には増築を重ねたような印象がある……そんな場所だった。 「やぁ!」  車内の空気を変えるように、ひょっこりと瀬能が窓から覗き込んできた。  相変わらずの胡散臭い笑顔だが、大神の厳めしい表情より幾分もマシで、救われた気分でほっとした。 「大神くん、機嫌、悪そうだねぇ。前途ある若者に凄まないって前も言っただろー?」 「経験者から助言を言ったまでです」 「アフターピルは常備しとくようにって?」  イラッとしたのが傍にいるオレにも分かるほど、大神の苛立ちは高まっているようで、何か起こっても巻き込まれないようにジリジリと距離を取るが、それを詰めてくるのが瀬能と言う男だ。

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