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雪虫 45
しっかりと肩を組まれて逃げられず、その促しのままに建物の入り口に促された。
「ここ、どこ?」
「バース性を研究するトコ、兼シェルターかな」
シェルター?と聞き返す前に、瀬能がオレの腕にゴソゴソと何かをつけている。
「ちょ 」
「ここに入る時はこれしてね、基本そのタグと同じだけど、経皮吸収タイプの抑制剤がついてるから」
「薬は飲んでるけど」
「それよりちょっと強力な奴だよ」
どうしてそんなものがいるのかと思ったのが顔に出たのか、そう言う流れだったのか、瀬能が慣れたように説明を続けた。
「この施設は保護されたオメガ性の人達のシェルターとなっててね」
見ると大神も直江も大人しくタグをつけているので、そう言う規則なんだろう。
「特にオメガ性は、ヒートや孕む関係でどうしても下位に見られがちだからね、バース性が判明した途端育児放棄も珍しくなくて」
廊下を歩くオレ達の耳に、子供達の笑い声が届く。
施設の中庭には芝生が敷かれており、そこで何人かの子供が遊んでいるのが見えて、楽しそうだ。
そこだけ見れば託児所でもあるのかと思うけれど、きっとあの子達は育児放棄でここに保護された子供達なんだろう。
「ただ、バース性判定なんて、赤ん坊の時にしたら余程がないと再検査ってしないだろ?」
「え? あー……そうなのかな」
「大病しない限りはね」
「大きい病気も怪我もしたことないからわかんないな」
「まぁそうだね、アルファの生命力は一線を画すからねー」
そう言われると、健康に育ったことに感謝したくなる。
「だから、それ以外で発見された時って、どう言う時だと思う?」
飲まれそうな雰囲気が、外の騒がしさと相まってひどく静かで居心地が悪い。
バース性を誤って?発見された時?
「えと 」
思わず後ろをついて来ている二人の方を見るが、答えは教えてくれそうにないし、オレが答えるしかなさそうだ。
「ヒートになった、時?」
「そう!知らずに育ってなんの対策もなく、ヒートを起こして被害者か、 もしくは加害者になった時だよ」
ぎゅっと自分の腕を掴むと、包帯の感触が返る。
「見つかった時にはすでに深い傷を負っている時が大部分でね。そう言う人達を助けるために作られたのがココ。後は抑制剤の研究とかもしてるよ」
随分と軽い口調で言ってはくれているが、ここはそんな軽いノリの場所じゃないことはオレでもわかる。
「抑制剤は所詮、抑制しかしてくれない って言うのは聞いたことある?」
「あ えと 」
「抑制剤は周期の安定と延長はできても発情を止めるわけじゃない。個人や体調によって効きも変わってくるから、突発的な事故は完全に無しにはならない。そう言ったのをどうにかしよーと言うのも目標かな」
白い清潔な廊下は静まり返っていて、瀬能の淡々とした言葉だけが続き、授業を受けているような気分になってくる。
「 さて、今日君に来てもらったのは、実験に付き合ってもらいたいと思ってね」
「人体実験?」
「君、そのフレーズ好きだね」
言ったのは二回目だった気がするが、それだけで好きと言われるのも面白くない。けど実験と言われてそれしか浮かばないのだから仕方ない。
むっと背中を睨み付けるが、どこ吹く風で瀬能は迷路のような建物内を迷わずに進んでいく。
「広いな……」
「幾つかの住居も兼ねてるからね」
……妙に入り組んだ造りだと、角を曲がった拍子に気づいた。外から建物を見た時にも、あれ?と思ったが建物の形がおかしい。
印象として、ごちゃごちゃしてる。
中途半端な段数の階段を登ったり降りたり、同じような曲がり角を同じ方向に曲がったり……
「ちょ……先生。気分悪くなってきたんだけど 」
「抑制剤の過剰摂取かな?」
「グラグラする 」
思わず壁に手を付くが、真っ直ぐに立っていられなくてもたれ掛かった。
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