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雪虫 53

「雪虫!落ち着け!  熱は?まだ高いのか?」  ぽこん  と衝撃が止まって、鼻を啜る音がする。 「熱は、まだちょっと   しずる、は?ケガは?」 「オレ?オレは平気!全然痛くない!」 「 よか  たぁ」  気配が崩れ落ちて、扉にもたれ掛かったのか、隙間から漏れる匂いがキツくなった。  甘い。  嫌味ったらしい、不快になる甘さじゃない、オレの好きな甘い匂い……  薬も飲んでいるし、貼ってもいる。それでもこれだけ匂うのだから、直接会ったら理性なんて残らないのは確実だった。  恋しい  噛んで、  愛したい  弄って、  繋がりたい  押さえつけて、  一つになりたい  犯したい、  ぶるりと震えて、腕の傷に爪を立てた。  流石にじわりとした痛みがきて、頭がスッキリしたように思う。 「ご飯、食べたか?」 「  ん   ちょっと」 「また体重減るぞ」 「セキのじゃなくて  しずるのがいい」  そう言うと、ひくりとしゃくり上げる。  あんなにオレの料理がまずいまずいと言っていたのに、それを食べたいと言ってくれる変化が擽ったくて、思わず顔がにやけた。 「しずるに絵本読んでほしいし、しずるのご飯が食べたいし、しずるとお昼寝したいし、  しずるが傍にいてくれないと、やだぁ  」  ぽこん  とまた扉が鳴る。 「  オレも、雪虫がいないから、泣いてるよ」 「それはだめ!」 「え?」 「しずるは 笑ってるのがいいから」  小さく甘えた声で、もう一度名前を呼んだ。 「しずる  大好きだよ」  扉に寄せた耳の鼓膜を震わせるその音が、幸せで……  自分の笑顔を望んでくれる人が、最愛の運命だと言うのが、嬉しくて嬉しくて 嬉しくて…… 「オレも大好きだ」 「泣かないでくれる?」 「わかった。泣かない!」 「ん、嬉しい」  微かな衣擦れと、時折戸を叩く音、でも温もりは感じることができなくて、 「オレ、また雪虫の傍に戻れるように頑張るから」 「うん  」  自分に凭れさせて、髪を梳きながら今日の話をしたら、雪虫は喜ぶだろうな。  駅員から聞いた話なんかは特に目を輝かせて喜ぶかもしれない。 「そうだ、雪虫!これ」  上着のポケットに手を入れると、ジャリジャリとした感触がして、その奥につるりとした物を見つけた。 「今日、海行ったんだ」  扉の下の隙間にポケットから出した物を滑り込ませる。  小指の先程の巻貝、  ピンクの貝殻、  丸くなった緑のシーグラス、  そして、縞の入った乳白色の小さな石、 「うみ?   しずる、これなに?」  はっと息を飲む気配が伝わる。 「海の拾い物。ピンクの貝殻は割れやすいから気を付けろよ」  最後に小さな琥珀を取り出して、扉の下を潜らせた。 「貝殻と、ガラスと、石と  琥珀はなんになるのかな……見たことあるか?」 「  ない」  大神が言うように、雪虫が人身売買の犠牲だとして、幼い時に連れ去られてまともに外の世界を見たことがないと言うのは想像に難くない。

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