73 / 665
雪虫 52
たった一日だけなのに、着いた家が懐かしくて……
どこにでもあるような、普通の一軒家を食い入るようにして見詰めてしまって、大神に促されるまで入ることができなかった。
「おかえりなさい!」
いい笑顔で玄関に駆け寄ってくるセキはオレを見て頷いた。
「雪虫は部屋に入ってもらってるよ」
「ん ありがと」
「何事もなかったようだな」
家の中を見回し、大神はセキに確認を取る。
どこぞの任侠映画じゃあるまいし、ちょっと離れただけで何かあると思っているのか?
過保護すぎると言うと、睨まれるだろうから黙ってはいるが……
すんすんと鼻を鳴らして、大神がセキの頸に顔を寄せた。
覆いかぶさるようなその行動にびっくりしたが、二人にとっては日常なのか気にする素振りもない。
「他の臭いが移っている。人を置きすぎたか」
「でも、今日は大神さんも直江さんもいなかったから、しょうがないです」
「そうだな」
そう言ってセキの頬を撫で、髪を弄り、ゴシゴシと手でセキを擦る。
どこからどう見てもαのマーキングだ。
「そう言うのは他所でやってくれよ」
「何をだ」
「無意識なの⁉︎」
直江にも援護してもらおうと振り向くも、絶妙なタイミングで視線を逸らされて、これは流さなければいけないらしい。
「 雪虫の具合どうかな?」
「熱は下がって来てるけど、ずっと 」
セキはこの先を言おうかどうしようかと言う素振りを見せたが、じっと見つめると観念して肩を落とした。
「ずっと泣き通してる」
「 っ! 鍵はちゃんとかけてあるんだよな?」
頷くセキを目の端に入れながら階段を駆け上がり、二階の真ん中の部屋へ急いだ。
わかっているはずなのに、ドアノブを回して確認してしまうのは、もしかしたらと言う悪あがきで。
ガチン……
錠の降りている手応えに、わかっていたはずなのにガッカリして膝をついた。
扉に耳をつけると、小さなしゃくり上げる声が聞こえてくる。
「 雪虫」
小さく呼んで、息を詰めた。
幾ら鍵を掛けているとは言っても、ドアの下には隙間があって、そこから微かに雪虫の匂いが香る。
この家には香が焚いてあって、他の匂いは全然しないのに、雪虫の物だけははっきりと感じとることができた。
「 し ずる?」
とん とと と軽い足音がこちらに駆け寄り、オレと同じようにドアノブに手を掛けたようだった。もちろん開くことはなくて、雪虫の悲鳴のような泣き声が大きくなった。
「なんでぇ! しずる、そこに っしずる」
「雪虫、聞こえてるから、 雪虫!」
ぽこんぽこんと扉が跳ねる。
非力な雪虫が扉を叩いているのだと分かるが、そんな力で破れるような扉じゃない。
ともだちにシェアしよう!