102 / 665

花はいっぱい 4

「え、え?どうかした?」 「  なんでもないよ」  拗ねたような声で耳元で囁かれると ちょっと、くすぐったくて……  ムズムズとして六華から身を引こうとしたけれど、このまま身を引いたら六華が倒れちゃうんじゃないかなって心配もあって、とりあえず抱き締め返すだけにした。 「ねー……薫、他のアルファじゃダメなの?」  他の  ? 「例えばさ、 」 「  例えばもクソもねぇよ。退け」  バサっと緑色のカーテンが翻って、窓からのそりと喜蝶が顔を出す。邪魔くさそうに六華を押し除けて部屋に入り込むと、暑いと呻きながらオレの前に置いてあるジュースを勝手に飲み始めた。 「な、なに、どこから 入ってきてんだよ!」 「はぁ?玄関回るよりも近いだろ?」  何言ってんの?的な嘲笑で六華を見下して、空のグラスを振って見せる。 「足りない」 「あ、ごめん、取ってくるよ」  形よく細る喜蝶の顎に滴る汗に目が行く。  拭いてあげたいなぁ なんて、そんな出来もしないことを思いながら、ひょこひょこと足を引きずって立ち上がった。 「何考えてるの!足の怪我で休んでる人間に行かせるなんて!」  オレの手の中からグラスを奪い取り、六華が喜蝶を睨みつけるけれど、プレーンクッキーを齧る喜蝶は気にしてないようだし、聞く気もない。 「あの、嫌かもしれないけど、冷蔵庫開けていい?僕が行ってくるから」 「悪いよ、家の中だし   「あー俺コンビニのカフェオレが飲みたくなった」  遮られて言葉が消えた。  オレ達の問答が鬱陶しかったのか、不機嫌そうに目を眇めてオレにお金を渡してくる。 「そこのコンビニのカフェオレな?三分で行って帰れるよね?」  とっさに受け取って、とっさに頷いてしまうのは条件反射だ。 「わかった、行ってくるよ」 「ダメダメダメ!怪我が酷くなるでしょ!僕が行ってくるから!」  オレの掌の上にあった硬貨を毟り取り、六華は足音も荒く家を飛び出して行った。 「   そこからくるの久しぶりだね」 「たまたまだ」  隣接して立つ家は、オレの部屋と喜蝶の部屋の窓が近くて、危ないからと止められているが、屋根伝いに行き来できる距離だった。  ただ高校に行き始めてから、学校の位置関係のせいで玄関から来た方が楽になっていたから、ここから入ってくるのは意外だ。 「何か用事だった?」 「用事がないと来ちゃいけねぇの?それとも今からいいところだったの邪魔されてがっかりしてんの?」 「いいところ?」  ぽかんと返すオレが気に食わなかったのか、ベッドに座った喜蝶がのしかかるようにオレの頭を押さえつけてくる。 「今からセックスするところだったの?」 「  っセッ    ええ⁉︎」 「ヒートなんだろ?」 「ま、まだだよ!明日   くらいかな」  ふぅん と唸ってちらりと自分の入ってきた窓を振り返る。 「いい天気だな。こんな日に休むなんて損してるな、ほら見てって」  窓から空を見ようと思うと、今のオレの位置からじゃ無理で、足を動かしたくないんだけど仕方なくベッドへよじ登った。  風に吹かれて、隣にいる喜蝶の男っぽい匂いが鼻をくすぐって…… 「なぁ」 「うん?」  短い問いかけはいつものことで、なんだろうと首を傾げてそちらを向いた。

ともだちにシェアしよう!