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花はいっぱい 6

 イタズラされるのが嬉しいとか、おかしいって思うけれどそれでもそんな時しか触れ合うことなんかなくて。 「顔、赤くない?」 「えっ  あの、ヒート   始まったかな」  このドキドキが、発情期だからかさっきのことが原因だからかわからない。 「じゃあ喜蝶はいちゃダメだろ?さっさと帰りなよ」  しっしっと払う手をして、六華はオレの隣にピタリと座る。  目の前のノートとペンを自分の方に引き寄せ、 「写しておいてあげるから横になってなよ」  面倒だろうににっこりと笑って言ってくれる気持ちが嬉しくて、はにかんでお礼を言ってベッドに転がった。 「ほら、喜蝶は帰りなよ。薫が休めないだろ」 「俺も眠くなったしー!ここで寝てようかな」  どんな時でも喜蝶は喜蝶だ。  シングルの狭いベッドだって言うのに、ごろりと横になってオレにもっと詰めろとせっついてくる。 「や あの   なんでここ?」 「今!眠いかーらー。ダメ?」  ふわふわと前髪が擦れる距離でおねだりされると……  形のいい唇だな、とか  睫毛が長いな、とか  ガラスみたいな瞳だな、とか  そんなことばっかりに気が入って、瞬きもせずに懇願の色を浮かべられると  もうダメだ! 「一眠りしたら帰りなよ?」 「やった!薫大好きー」  ちゅっと投げキスをして、あっさりと目を閉じた喜蝶は作り物のような整った顔だ。 「信じらんない。何コイツ!具合悪いの薫なのに!」 「いいのいいの。ちょっと治まってきたから、オレも写すよ」  心底軽蔑するような視線を喜蝶に向ける六華を宥めて、目を閉じた喜蝶を起こさないようにそろりとベッドから降りた。  小さい頃は二人で眠ることもできたそこは、今はもう窮屈で仕方ない。 「   虎徹先生がね、ここはテストに出るって」 「テスト   次、かぁ」  携帯電話に入れてあるバース周期管理のアプリを立ち上げて、そこのカレンダーの日付を見る。  幸い、テストが終わるまでは大丈夫そう。 「受け直すの大変だもんね」 「うん、まぁ でも、オレは規則的な方だし」 「いつ来るか分からない子もいるもんね」  抑制剤を飲んでいても突然来る子もいるから、それを考えると周期の決まっているオレは楽な方なのか…… 「あ、ここさぁ  」  こちらに身を寄せると、細い六華のショートボブの長さの髪が揺れて頬に当たる。  くすぐったいけれど、ふわりと香るのはいい匂いだ。  細い肩と大きい目と、いい匂い。  オレが欲しくて手に入らないもの…… 「やっぱりちょっと眠くなるね」 「え?」  こちらに寄った六華がこてんと頭を預けて、小さくあくびを噛み殺した。 「ごめんね、また休み明けにコピー取らせてくれる?」 「あ、違う違う!なんか、薫の匂いっていい匂いで安心しちゃうから。もうちょっとだけ、こうしてていい?」  安心する と言われてしまうと悪い気もしなくて、オレもちょっと寄りかかるような感じで体を倒すといいバランスで落ち着いた。  開けられたままの窓から入る風が気持ち良くて、自分に沿ってくれる温もりの心地よさについうとうととまぶたが落ちる。    温もりと、寝息と、それから微かな喜蝶の匂いと……  ほっとする穏やかな時間だった。

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