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花はいっぱい 14

 六華が言っていた新しくできたと言うお店の前まで来て、ふと足が止まった。 「どうしたの?」  立ち止まったオレに六華が心配そうに声をかけてくれるけれど、答えられないまま首を振る。  何があったと言うわけじゃないけれど、足が止まってしまった。  これは、匂い? 「    」 「他のとこ行く?」 「や  違うよ!気にしないで!」  そう言って六華を促してお店に入ったけれど……  少しビターな?  気になる匂いだった。  紙ナプキンに書かれた『 la fluorite(ラ フリュオリット)』の文字をなぞる。  落ち着いた内装はオレ達高校生には少し場違いかもしれないと、隅の席に腰掛けた。そこなら目立たないし、ゆっくりできそうだった。  薄い紫色のオーナメントが揺れるのを見ながら、初めての場所のせいか落ち着かずにもじもじと座り直す。 「俺はコーヒーだけど、薫は?」  メニューに一通り目を通して、気になったミックスジュースを指差す。 「これかな!懐かしくなっちゃった!」  小さな頃、母親と一緒に喫茶店に行った時には良く飲んでいた。懐かしい思い出のある飲み物をお願いして、六華と今日のテストのことを話し合った。 「あー……やっぱりそこ間違ってた!」 「だよね」  確認のために教科書を見てみるが、やっぱり二人とも間違えたっぽい。  配点が大きかった箇所だけに、二人で肩を落としているところにコーヒーとミックスジュースが運ばれてくる。薄い紫と白のグラデーションのコーヒーカップと、分厚い吹きガラスのグラスに入ったミックスジュース。  それから、菱形のクッキーがそれぞれについて来た。 「こちらもし良ければ。ごゆっくり」  大人の声の響きだな と、思いながら顔を上げた。 「ありがとうございます 」  黒い髪と、黒い瞳、真面目を表すような黒縁の眼鏡。  背は、オレよりも幾分高そうだった。 「     」 「     」  身を引こうとした彼の動きが止まって、示し合わせた訳でもないのにお互いの視線が絡んで離れなくなった。  時間にしたらほんの一瞬だったのに、やけに長く感じて…… 「薫?」  様子の違うオレに訝しげな六華の声が掛かる。 「えっ  なんでもない!」 「お名前、薫さん  ですか⁉︎」  びっくりする程大きな声で尋ねられ、オレだけじゃなくて六華も飛び上がった。

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