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花はいっぱい 20

 筋張った大人の男の手だった。  オレや六華の柔そうな手じゃなくて、喜蝶の手を少しゴツくしたような、そんな感じ? 「あんまり見てると穴開くよ?」 「へっ」  飛び上がると、やっぱり優しい目に見つめられてて……  ドキドキして視線を逸らした。 「薫くん と、えっと 」 「六華です」  昨日と同じコーヒーカップを受け取りながら答えるけれど、ちょっとトゲトゲしいと思ってしまう。 「そこの学校だよね?」 「はい、家がこの近くで  」  心地の良い響きの声だな と、会話をしながら思う。  特別低いってわけじゃないんだけど、聞いてるとくすぐったくて、くすぐったくて……  六華から視線を外してカウンターを見ると、パチリと目が合った。  それだけなのに、それが嬉しく感じるのは…… 「  ねぇ、須玖里さんはアルファ?」  唐突な六華のその質問は、女か男か聞いているような意味合いの不躾なもので、ほぼ初対面の人間にするような問いかけじゃない。  慌てて何を言っているんだと言おうとしたけれど、須玖里さんは特に気にした様子もなく首を振った。 「僕はベータだよ、少しアルファ寄りかな?」 「すみません!須玖里さん、失礼なこと  」 「気にしないよ」  それより と穏やかに切り出された。 「忠尚(ただなお)です」 「はい?」 「僕の名前、です」  へ?とか、え?とか返したと思う。  六華の拗ねた視線はわかっていたけれど、口の中で「忠尚さん」と呟くとぶわっと顔が赤くなった。  ────ど と心臓が跳ねた! 「あのっ ごめ、ごめんなさいっオレっ」  背の高いスツールから慌てて立ち上がり、熱い顔を押さえて頭を下げた。 「調子がっ  あの、  なんで  」  この熱は……  発情期の予定は明日で、念のためにと事前に抑制剤も飲んでいたのに。  慌ててお金を置いて帰ろうとしたオレの手を、須玖里さん……忠尚が掴んだ。  じわじわと、熱が……  どきどきと、胸が…… 「  お菓子みたいな 匂いがするね」  汗が背筋を伝う感覚に震えが起きた。  体の奥が焦れて、胸が苦しい。 「薫⁉︎もしかしてヒ……」 「こっちへおいで!」  はっと目を見開いた忠尚が腕を引くのに抗えず、倒れ込むようにその腕の中に縋り付いた。間近で感じた忠尚の匂いに目が回りそうで、しがみついた両手が震えてうまく動かなかった。 「頓服は?」 「 っ、持って  る」  その返事に頷いて、忠尚はレジ横の部屋へとオレを押し込んだ。

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