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花はいっぱい 26
なんとなく気まずくて足元に視線をやると、医者の背後にあるカーテンが揺れて白衣が覗いた。
「遅くなってすみません」
少し伸びた髪を無造作に括ったその人は、眼鏡の奥からオレ達の方を見ると頭を下げた。
「ちょっとこれ見て」
「はい?」
細い印象を受ける歯形の残る首を傾げて、医者の示したパソコンの画面を覗き込む。
「ああ、はい」
指先が画面を伝い、何かを確認した後こちらを向いた。
「 あれ?君……薫くんかな?」
尋ねられて、どこかで会った人なのかと訝しんでいると、母に向けてもう一度頭を下げる。
「六華がお世話になっております、いつもお邪魔させてもらっているみたいで」
「あっ 六華のお父さん!」
一度か二度程会ったことがあったけれど、眼鏡だったかな?と記憶を探った。それが顔に出ていたのか、さっと眼鏡を取って顔を見せてくれる。
六華と言うより銀花に似ている印象だった。
ほわほわとした笑みで、母と幾つかやり取りをしてから医者の方に向き直る。
「六華の友達なんですよ」
「へぇ、じゃあ六華くんとパートナーシップ結ぶ?」
「そうやって安易に言うのは悪い癖ですよ」
医者を嗜め、かかりつけの病院から預かってきた書類を取り上げて目を通し始めた。
文字を追う度に小さく頷くのは癖なのかもしれない。
「 そうですね、ベータで、しかもヒートが終わったにしては匂いはかなり強いです。原因は、マーキングされていたからと言いました?他の原因は?」
「オメガなら運命ってのもあるけど、彼はベータだからね」
「そう言うことなら、薬をオメガ用の物に変えて様子を見るか、薬は変えずに信頼できるアルファにマーキングして貰うかが、妥当かな と」
医者の方をチラリと見て片眉を上げる。
「パートナーシップも良いですけど、まだ早いですよね?」
「ええ、そう思います」
六華のお父さんにそう言ってもらえてほっとした声を母が出す。
「まだまだ子供ですから」
声の質が固くて、軽口じゃないのがわかった。
わかったけど……
「今までのマーキングが故意か過失かは分かりかねますが、薫くんはまだ学生ですしよく話し合ってみてください」
強めに言われた「学生」の言葉に俯いた。
また長い時間待たされて薬を貰って……だんだん母の口数が少なくなってきている事に気がついた。
何を考えているのか は、なんとなくしかわからない。
「お母さん パートナーシップの、どう思う?」
運転しているせいか、それ以外の理由かはわからなかったけど、母はこちらを見なかった。
「 早い と、思うし」
区切られた言葉は続きがなかなか出てこなくて、いつも朗らかなイメージの母が怖く見える。
父はΩで、母はβだけれどΩ寄りで。
オレの今の状態を両親は経験してきたんだ。
「 もうちょっとお母さん達と家族でいて欲しい、かな」
ここで、もう子供じゃないと言い返すこともできたけど、急に体質が変わって心配をかけて、また違う心配をかけてしまうことが苦しくて……
小さく「うん」とだけ返した。
寝る前に飲むようにと処方された薬は、口に入れるのに躊躇うほど鮮やかな黄緑色で、掌で転がして少しの間眺めてみた。
肌の色のせいか余計に毒々しく見えるそれを、えいっと口に放り込んで一気に飲み干す。抑制剤全般に言えることだけど、粒が妙に大きくてカラフルだ。
海外のお菓子を思い出すって言う話も聞くから、派手だなと思うのはオレだけじゃないっぽい。
薬を飲むのが上手じゃないから、喉に引っかからないように毎回祈ってしまう。
「飲めた?」
「うん」
「じゃあ、おやすみ」
さすがに飲んだ飲まないのチェックまでされてしまうと、過保護すぎる!と思ってしまうけど、でもオレが思っているよりも両親は真剣で。
「おやすみ」
そう返して部屋の電気を消すも、病院でクタクタに疲れたはずなのに眠気は全然来てくれなくて、何度も何度も寝返りを打った。
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