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花はいっぱい 41
「 俺が、薫の運命じゃない。それだけで、死んでしまいたくなるくらい、愛してる」
ピリッと電気が走ったかのように背筋が痺れる。
αには運命のΩがいる。
そして、βにそれは存在しない。
だから、運命の相手のいる喜蝶は、オレの相手では絶対にありえない。
「 オレも、喜蝶の運命でありたかったよ」
「俺は薫の運命じゃないのが苦しかったよ 」
悲しそうに微笑んで、喜蝶はもう一度顔をしかめながら転がったままのカフェオレを持ち上げた。
「俺が薫の運命でないことだけは確か、なんて なんて皮肉なんだろうな」
ガラス玉の瞳が曇る。
水に覆われて、その綺麗な綺麗な表面が濁って……
「俺の好きな物ばかり ありがとう。薫、さようならだ」
涙以外、いつもと変わらない表情を向けてくるけれど、オレにはわかる。
喜蝶は「さようなら」を言わない。
置いて行かれ続けて、別れるのが嫌いだから……
傍でずっと見ていたオレには、分かってしまうんだ。
閉じかけた玄関扉に咄嗟に腕を差し込み、ぽろぽろと泣き出している喜蝶の顔を両手で掴む。
「さようならじゃないよ!またね だ」
「また はないよ」
珍しく、困った笑顔だ。
いつもこの顔を浮かべるのはオレのはずで、喜蝶はオレのその表情を見て嬉しそうにするのが決まり事だった。
でもオレは楽しそうになんかできない!
「こんなにたくさん花はあるのに、どうして薫の匂いの花はないんだろう。探しても探しても見つからない……薫の匂い 」
作り物のような頬に涙が伝う。
「甘い甘い、バニラの匂い 本当に大好きなのに、俺の運命じゃないなんて」
カフェオレに濡れて、甘ったるい匂いのする手が頬に添えられた。
「あのヒートの時に、ガラスぶち破ってでも噛んでおけばよかった」
「ケガするからダメだよ」
そう諫めて濡れて冷たい手に、そっと触れた。
ガラスでできた作り物のような綺麗な瞳がオレを映して、愛し気に緩く笑みを描く。
「 薫、どこにも行かないで」
背中で小さくかちゃんと玄関扉の閉まる音がして、涙の味のする唇が重なって……
縋られて、
口づけられて、
確かに心には忠尚の笑顔が掠めていたのに、オレを抱きしめる喜蝶の腕に力が籠るたびにそれが遠のくようで、申し訳なさでいっぱいになりながらも、小さな子供のように泣く喜蝶の背中を撫で続けた。
END.
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