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狼の枷 6
「私がそちらに行ってもよろしいですか?」
すっとした切れ長な目を柔和に細めて、うたは一歩踏み出す。
「あかさんっておっしゃるんですね、私もひらがなでうたと言いますの、似てますね」
「そう思いませんか?」と続けながらうたの足はまた一歩、確実にあかの方へと進む。
「雨がまた降り出したのはご存知?ちょっと雨足が強くてびっくりしているんです、だって最近は小雨ばかりでしょう?私は雨上がりのお日様が好きなのだけれど、あかは好きかしら?」
「 」
「でもね、中に青空が描かれた傘をさして歩くのも好きだから、やっぱり雨も好きなの。あかの好きなものも教えてくださる?」
そう言い終えるまでには、彼女はあかの隣に腰を下ろしていた。
「うたと呼び捨ててくださいね、あか」
「あ ぅん」
「私、あかとお話しできるって聞いてとても嬉しかったの、先生は大人すぎるし、他のみんなは小さくて」
「他の?」
「仲良くしてる子たち、でも同じくらいの年の子はあかが初めてだから、だからあかに会えてとても嬉しいの」
うたはあかの握り締めたままだった手にそっと触れた。
ひんやりとした指先に驚いたけれど、思いの外それが気持ち良くて、あかは手を振り払うことはしなかった。
ニッコリと笑って首を傾げると、癖のない真っ直ぐな髪がさらさらと音を立てて肩から溢れる。
「手、温かいね、雨で少し冷えちゃったから握ってもいいかしら?」
「え え 」
「あったかい。ありがとう、寒くてどうしようかと思っていたからすごく助かるわ」
そっと両手で包み込むように手を握られて、あかは戸惑って俯いた。
「ほっぺたも冷たいの、ほら」
促されて桃のような頬に両手を添えて、あかは「冷えてるね」と呟く。
「あかのほっぺたは温かい?」
柔らかく微笑み、うたは涙の跡のあるあかの頬にそっと触れる。
掌で感じる熱に、「温かいね」とふわふわとした笑いを見せた。
「肩寒くない?私のカーディガンを貸してあげる。これね、とても柔らかくてお気に入りなの、あかだから特別ね」
「いいの?」
「あかにならいいよ。どうかな?あったかい?」
「 うん っ 」
頷いた拍子にぽろ と水の玉が膝に転がった。
「っ ごめ、いきなり、 こん ごめん」
傾ぐように体を震わせたあかを受け止めて、うたは瀬能にちらりと視線を送った。
それを受けて瀬能は大神を促して部屋を出た。
「 向こうに声が届かない所に行こうか」
いつも穏やかそうな男の、ひりつくような空気に大神は敏感だった。
「事務所に行きましょう」
自分のしでかした事に対して後悔はないが、あかのその後の態度については戸惑いが大きかった。
「 言い訳は?」
「いえ」
「そう。まぁぼくが怒るのはお門違いだけどね、アレはただの レイプだね」
「はい」
ぎ……と瀬能の奥歯が軋む。
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