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狼の枷 8

 痛いだろうに、その睨む目は力を失ってはいない。 「面白い子だろ?」 「そうですね」 「ふざけんな!まだ叩かれたりないのかっ!」  左手を振り上げたところを直江に押さえられ、うたは悔しそうだった。 「この ど腐れが!」  あかに語りかけた雰囲気は微塵もない。  その豹変ぶりを面白いと表した瀬能の感性はどうかと思うが、興味が湧くか湧かないかで言えば、大神の興味を引くには十分だった。 「うたくん、その辺にしとこうか、一応その人スポンサーだからね」 「金で人の横っ面叩いて罷り通ると思うなよ!」 「はいはいはい、大声出すとあかくん起きちゃうよ」 「あ、  」  はっと口を押さえて瀬能の方に向き直ったうたは、最初の通りの雰囲気に戻っており、先程の一幕が幻のようだ。  長い真っ直ぐな髪をさらさらと揺らして、瀬能の前で頭を下げる。 「しばらくは私があかの傍に居ます」 「そうだね、その方が良さげだね。抑制剤を出しておこうか。ヒートに効いてくれるといいんだけどね」  心配そうに眉を落とし、瀬能は鞄の中を漁り出す。 「熱は?」 「少し出てきているようです、浅い咬み傷と痣がほとんどでした」  改めて言われると、噛み付いたあかの皮膚の感触蘇るような気がして、口の中の煙草に歯を立ててそれを押し殺そうとした。  ギリギリと歯が立てる音が響いたのか、瀬能の視線が不躾に注がれる。 「いい歯医者、紹介しようか?」 「間に合っています」  硬い声を出して、大神は煙草から口を離した。  深い眠りからわずかに覚醒して、あかは怠い体を持て余しながらうとうととしていた。  目を開けるには抵抗があるし、眠るには中途半端な睡魔なせいか眠れない。  ふかふかとした滑らかな肌触りの布団が気持ち良くて、頬を擦り寄せてはその感触を楽しんでいた。  ふと、この感触に覚えがないことに思い至った。 「    ぇ」  自分の寝ているいつもの布団は、毛玉のできた古いもので、少しざらりとした手触りのもののはずだった。  滑らかではないものの慣れ親しんだそれはそれで心地の良い物で、どうしてそれじゃないんだろうと疑問に思う。 「   っ」  はっと体を起こし、周りを見渡す。  そこは飾る物のない、よく言えば控え目な、悪く言えば殺風景すぎる部屋だ。  観葉植物の一つでもあれば雰囲気が変わるだろうに、そう言った物すらない。ただ必要最低限の物があるだけの部屋だった。  ただ使われている物の質だけは良いようで、肌に当たるシーツの感触は触れたことがないような程滑らかだ。 「    ここ、は」  微かに残る記憶を手繰り寄せ、うたと名乗った少女に縋りついて泣いたのを思い出し、あかは恥ずかしくなって俯いた。

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