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狼の枷 9
着せられた服の裾から覗く手足につく痣を見て、ざわりとしたものが駆け上がる。
「あ、 っ」
うたに宥められ、抱き締められ、張り詰めた緊張の糸が切れたと同時に眠りに落ちたのだと、はっきりと思い出して身を竦める。
そろそろと周りを見渡しても誰もいない。
ひとまずその事に安心して、喉元の首輪に触れた。
ずっしりとした重さを感じさせる、厳しいゴツゴツとした実用本意な物。
情緒のないそれに触れると、同じような屈強で獣のような男を思い出して、知らず体が震える。
「 っ、逃げ、なきゃ」
スーツで覆い隠した鋼のような体に縋り付いた記憶が過ぎる。
あれは自分ではなかったし、正気でもなかったと言い聞かせながら立ち上がった。
経験した事のない筋肉の痛む感触に小さく呻きながら、扉に手をかけた。
────カツン
そっと回したためかそこまで大きな音はしなかったが、思った以上に響いた音に飛び上がった。じっと聞き耳を立てて周りを窺い、人の反応がない事にほっと胸を撫で下ろした。
鍵がかかっている。
閉じ込めるなら至極当然のことなのに、改めて自分が閉じ込められているのだと思うとぞっとして息を止める。
自分が拉致されたとして、理由は?
もう一度ゆっくりと辺りを見渡す。
こんな部屋を用意できる人間が、金に困っているとは思えない。
それ以外に……?
あか自身、自分に価値は見出せなかった。
自身が提供できるのは簡単な労働力でしかなく、力仕事も頭脳労働もどちらもできないのは一目瞭然だと言うのはよくわかっている。
「 オメガ」
頭を動かすたびに邪魔な存在だと主張する首輪がつけられた意味に、自然と体が震えた。
……こう言うことが、目的だとしたら?
あの奇妙な匂いによって引き摺り出された感覚は、今までに経験したことのない、本能のままに盛る獣のようなものだった。
「 っ」
ずくん と腹の奥が疼いた。
あの男が押さえつけた箇所がじわじわと熱を持つようで、それを気のせいにするために首を振る。
視線を巡らし、部屋の中を見渡して窓に駆け寄った。
窓は……開く!
ぱぁっと顔を明るくさせたのも束の間、そこが三階だと知りぐっと唇を噛んだ。
二階ならば飛び降りること可能だが、三階になると急に高くなった視線に身が竦む。下を見て助けを呼ぶことも考えたけれど、明らかに堅気ではない人間に出向かえられてそれでも助けてくれる人がいるのかどうか。
一度騒ぎを起こしてしまえば、このまま窓のある部屋に置いておかれるとは限らない。
あかはどうしようかと扉と窓を見比べたが、腕についた歯形に意を決して顔を上げた。
「雨樋って 丈夫なのかな 」
呟いて無謀だと理性が反論した。
映画のようにうまく行くわけがないと……
「 っ」
そろりと桟に足をかける。
素足にそれが食い込んで痛みを感じたが、ぐっと力を入れてその上によじ登った。
風が耳元で音を立てて、桟の上から見下ろした地面は部屋の中から見下ろした時よりも遥かに遠く思えた。落ちたら無事じゃ済まないことは、幼い子供でもわかることだ。
あかはぎゅうと目を閉じて、相手を思い浮かべることができないままに祈った。
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