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狼の枷 10
────とっ
飛び出してしまえばそれは驚くほど簡単で呆気なかった。
届くかどうか目算してハラハラしていた距離にある雨樋にはちゃんと手が届いたし、それ自体の強度も大丈夫そうだった。
けれどじっとしていると負荷に耐えられなくなった箇所から壊れていくかもしれないと、あかは慌てて雨樋を掴んだ腕を動かす。
せめて少しでも下がることができたら、それだけで大怪我の確率は下がるだろう。
黒い雨樋を支える金具は古くはなさそうだったけれど、人を支える耐久力があるかどうかは疑わしかった。
そろそろと体重移動させ、下を見ないようにしてゆっくりと、でもできる限り急いで降りる。
気づかれないうちに、
バレないうちに、
祈りのようの繰り返し口中で囁き、吹き付けてくる風に身を竦ませた。
どくどくと鳴っている心臓を鎮めるために深く長く呼吸を繰り返し、それを宥めて味方につけようと必死だった。
指先が壁で擦れて血が滲んだ。
体にできた新たな傷に泣きそうになったが、ぐっと堪えて足を引っ掛ける出っ張りを探す。
足が引っかかれば、片手ずつ移動させていく。
無心になって、ただその繰り返し。
地面に足がついた瞬間、勢い余って足がうまく下すことができず、足首が変な方向を向いて痛んだ。
「 っ!」
上がる息を押さえ、滲んだ汗を乱暴に拭って走り出した。
靴も履かずにコンクリートの上を走った記憶なんて、この時が初めてだったあかは、痛いはずなのに妙に心は高揚していて、足を動かすのに躊躇しなかった。
繁華街と言うことは分かっても、それがどこなのかわからない。
左右を見て、勘だけで走り出した。
時折、追いかけてきているかもしれないと思い、そろりと振り返るが背後は雑踏のままで、あかを追いかけてくる気配は見られない。
それに勇気づけられて車通りの多い道まで出た。
「ここ は 」
左右を見る。
特徴的な赤と白の建物が見え、あかはほっと胸を撫で下ろす。
それが目印になるのだと知っていた。
その目印の傍に新聞を配達していたこともあり、そこまで行けば道は簡単だった。
足の裏の小石が食い込む痛みも気にせず、一心に母のいるアパートに向けて走っていく。
素足だと言うのに、意外と誰も騒ぎ立てないのが幸いだ。
たっ と勢いよく角を飛び出した瞬間、反射的に蹲み込んで看板の影に隠れた。
あの男に、見覚えがある。
大神の側に控えていた運転手の男だったと、あかはおぼろな記憶を手繰り寄せる。
部下らしい何人かに指示を飛ばして、苛ついたような表情で車の屋根に拳を振り下ろしていた。
「 探してる?」
自身を探されているのだとすぐに理解できた。
見つかったら?
何をされる?
ナニ ?
ぞっとして身を竦ませた。
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