160 / 665

狼の枷 18

 強烈な苦味と、落ちるような目眩に抵抗も長く続かず、唸るような抗議の声を上げる。 「ぅ!  っんん!」 「少しは正気に戻ったか?」 「な、何っ」 「オメガ用の緊急抑制剤だ」  は は と荒い息を吐き、よろけながら体を離すと自分を支えきれなくて車の床に倒れ込んだ。 「余計だったか?先程の続きをするか?」  指先には、自分で弄った後唇からのぬるりとした感触が残っている。  自身で弄った後唇がじんじんと疼いている事に気付きたくなくて、あかは首を振った。 「素直に座っていろ」 「    」  視線で示された大神の隣には座り難く、少しでも距離を取ってドアに縋るようにして腰掛ける。  レヴィに蹴られた腹部を心配するフリをして、腕を交差させて身を屈めた。 「映画のように、走っている車から飛び降りてみるか?」 「  っ」  大神の言葉に、腕を組んで死角になるようにしたドアノブに伸ばしていた手を引っ込めた。 「盛って見せたと思えば……次は何をする?」  口角を上げて愉快そうな表情の大神は、煙草を咥えて火をつける。 「    何も」  そう言葉を絞り出して諦めた風を装うのに、視線はキョロキョロと辺りを窺っている。 「ここから逃げたとして、後続もいるが?」 「…………」  頬の動きで奥歯を噛み締めたのが分かった。  辺りを窺う事は止めたが、その目はまだ諦めていないとはっきりと分かる意思を見せていた。  よろめきながら渋々と言った体で車から降りたあかに、うたが駆け寄った。 「あかっ!怪我は?口っ  唇……」  はっと目を見張ったうたの目の縁に、涙が溜まるのはあっと言う間だった。  この小さな少女を泣かしてしまう程、咄嗟に思いついた行動で心配をかけてしまったのだと、あかは恥じる。 「うた ごめん、心配かけて  」 「うぅん、私は平気。あっ、足?足も怪我してるの?」  ひょこ と足を引き摺る姿に、素早く気づいたうたは、足を見せるように促してきた。 「そんなに酷い怪我じゃないんだ」  足を見せるのが躊躇われて身を引くと、どっと固い物にぶつかった。  後ろを振り返らなくとも、それが誰だか分かってしまうのは先程から鼻先を男の匂いがちらついているからだ。  じわりと手に汗が吹き出る。  呼吸が浅くなって、傷が膿んだ様に痛み始める。  じくじくとした痛みは血の巡りが良くなったせいだ。 「先生、車の中で抑制剤を飲ませました。今の内に足の手当てをお願いします」 「ああ、運んでくれる?」  一度直江の方を振り返り、口を開こうとして止めてしまった。  ひやりとする様な目であかを見下ろして、手を伸ばそうとする。  ────ぱちん  磨りガラスのような感情を映さない目で、うたが間に割って入ってその手を弾いた。 「あかに触らないで。私が運ぶわ」  大神を視界にも入れずにそう言い、うたはあかに背を向けて背に覆いかぶさるように告げた。 「背負って行ってあげる」 「や さすがに、女の子にして貰うのは……」  両手を胸の前にやり、何度も首を振る。  明らかに自分より体格の小さなうたに背負って貰うのは、男として簡単に受け入れる事ができなかった。  痺れを切らしたうたがあかの手を掴もうとした瞬間、横から伸びた手があかを抱え上げた。

ともだちにシェアしよう!