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狼の枷 21

 遊ばれただけだと思うのに居心地が悪くて、そわそわと体を揺らす。 「足は当分痛むよ、まだヒートが完全に終わってない筈だから、このままここで療養させて貰うといいよ」  そう言って瀬能は鞄を閉じて立ち上がる。 「向こうに連れて行こうと思ったけど、ヒートが治まらないと危険そうだ」 「ヒートなんて、もう きません   今だって……」 「そりゃ、にがーい薬で抑えてるからだよ。ぼくから言わせて貰うと、目の潤み、顔の紅潮、落ち着きのなさ、発汗、等々、十分ヒートだよ」  あかは「違う!」と大きな声で否定した。 「俺は生まれてこの方、ずっと無性だって言われてた!だから、ヒートなんて来ない!」 「君、さっきから大神君に腰を擦り付けているのは分かってるの」 「は ?」  瀬能から言われた言葉を理解した途端、下半身の動きに気が行った。  居心地が悪くて何度も座り直していただけだった筈なのに、いつの間にか卑猥に、うねるように、腿の上で腰がくねっている。 「あ  ぁあ  ……ちが   」 「初ヒートの日から考えると、ピークも過ぎてそろそろ落ち着く時分だろうけど」  こちらを覗き込んでくる瀬能は笑っていない。 「君はまだ続きそうだね」 「 っ   これは」 「息が上がり始めた。抑制剤の効きが短いね」  観察対象を見て興奮する子供のような目を向けられて、人間の扱いをされていないんじゃないかとぞっと体を震わせた。 「薬を  」 「だめだめ、アフターピルも飲ませてるでしょ?それに緊急用を追加しちゃうと負担が大きいからね。お互い満更でもないなら『協力』して乗り切ってしまってからの方が本人にも周りにもいいね」  『協力』と強調されて、こちらを見詰めている双眸に振り返った。 「あ   」  悪寒だった震えが熱を持つ。  その絶望感にあかは俯くしか出来なかった。  青い顔で大人しくなったあかをちらりと見遣ってから、大神は瀬能を促す。 「離れていいのかい?」 「   」 「オーケーオーケー、手短に行こう」  大袈裟な態度に一瞬眉をしかめたが、すぐにスーツからシガレットケースを取り出してみせた。使い込まれた鈍い色合いのそれを開けて、小さく折られた紙片を取り出してさっと目を通す。 「羽田が消えました。先生も用心してください」 「羽田って、あか君を買い取る予定だった?それって消えたの?消されたじゃなく?」 「  いえ、まだはっきりとは」  ちらりと視線が動き、ソファーの上で縮こまっているあかを見る。 「情報元も取り急ぎだったようなので。これから確認を取らせます」  ただ……と続けて大神は口籠った。 「  いい加減な筋ではないので」 「そう」  とんとんとん と唇を叩いて何か物思う風を見せてから、瀬能は肩を落とした。 「まぁ言われても何も出来ないけどね」 「ご冗談を」 「じゃあぼくはこの辺で。彼のヒートが終わった頃に迎えに来るよ」  その言葉の後に微かな沈黙があった。  大神と長い付き合いの瀬能だから気が付いた沈黙だった。 「  はい。それでお願いします」 「いいの?」 「つかたるで新しい戸籍と登録を。それが流れでしょう。そうするべき事柄です」  言うだけ言って視線を外してしまうのは、これ以上話す事はない と会話の切り上げの合図だ。 「分かってるのかい?運命同士は抑制剤が役に立たないんだよ」  その言葉には答えず、大神は弄んでいたシガレットケースをしまい込んで緩く首を振る。頑ななその態度に、瀬能は肩を竦めて踵を返すしかなかった。    片腕の拘束具は、内側にクッションとなる素材が入っていたが、それでも引っ張り過ぎたせいで皮膚が擦れて痛んだ。 「  っ」  動かす度に鎖のカチャンと言う冷たい音だけがして、ベッドに固定されたそれは外れそうにない。  あかは泣きそうになるのを堪えながら、もう一度抜けないものかと全身の力を込めてそれを引っ張ってみた。  ……が、やはり拘束が緩む雰囲気はない。  最初は拘束もされてはいなかったが、再度逃げ出そうとした所を見つかって縄でベッドに繋がれた。それでもそれを切って逃げようとした結果、鎖と革と錠のついた厳しい拘束具に替えられてしまった。 「  ふ ぅっ」  引っ張っているだけなのに息が上がる。  腕だけでなく、服が擦れるあちらこちらがざわざわと粟立って、あかに思い出したくない感覚を思い起こさせた。 「や ぃや   っまた、アレが来るのは やだ」  発情期から逃げれないのは十分に分かっているのに、ここから逃げ出せたらそれからも逃げる事が出来るんじゃなかろうかと、縋るように脱出を試みる。

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