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狼の枷 30
薄暗くとも、点検口のある所だけは仄かに明るいせいか見つける事は容易で、あかは注意しながらそろ と点検口の蓋をずらした。
その途端、こちらを見上げる大神と目が合った。
「 ────え?」
お互いに驚きで大きく目が見開いたのは分かったが、次の瞬間には足を滑らせて点検口に落ちかけたのも分かった。
ぐらりと傾いだ体を大きな手がさっと伸びて支えたけれど、言葉が出ないのか形の良い唇はぱくぱくとしか動いていない。
「手っ はなっ 離さないで!」
「 あ たりまえだろう!」
辛うじて天井にしがみついているあかを引きずり下ろし、大神はそれでなくても厳めしい両目に怒気を孕ませてあかを睨みつけた。
「何をやっている!」
「あ、の 」
「ヒートが終わって大人しくなったかと思ったのは気のせいだったか!」
空気までその怒りで裂けるんじゃないかと思える程の怒声だった。
びくりと肩を跳ね上げ、あかは大神の腕の中で小さく項垂れる。
「俺 」
「会いたくて」と続ける言葉は、飛び込んできた直江に遮られて消えてしまった。何事かと言う顔をしてから天井に目を遣り、そろそろと点検口を指さす直江に大神はイライラと頷く。
「座敷牢でも用意しましょうか?」
「つまらん話はいい。こいつを連れて行け!」
「っ 待ってよ!俺、大神さんと 」
しがみついていたのに、大神の手にかかれば何の抵抗にもならなかったらしく、あかはあっさりと床に放り出されてしまった。
「さ、行こう。もうすぐ瀬能先生が到着されるから」
「待って!はな 話がしたくて!」
口調とは裏腹に直江の力は強くて、無理矢理あかを引き摺っていくのだろう雰囲気がある。
「お願いっ!」
ちら と直江の視線が動き、窺うように微かに眉が動いた。
返事を待たれ、大神は眉間に深い皺を刻みながら渋々と言った感情を隠さずに直江に下がるように告げる。
「 話は何だ」
閉じていく扉を待たずに大神はそう切り出してシガレットケースを取り出した。
吸う訳ではないが、指先でその細工の表面をなぞり、それを目で追っている。
「 どうして、俺は 大神さんが気になるんだと思う?」
その言葉に、返事はすぐに返らなかった。
「 ストックホルム症候群と言う現象がある」
「 」
「お前のここ数日は通常の生活からはかけ離れていた。生存の為に加害者に共感を示して生き残ろうとした結果だ」
「そん 」
「俺が気になっているのは、ただの生存本能のせいだ」
「そんな答えが欲しかったんじゃ 」
煙草を咥え、火をつける。
「自分を買った相手にそんな目を向ける理由には十分だろう」
「 大神さんじゃなくて、羽田?なんだろ、買ったの。なんで言わなかったの?」
「お前が犯された事は変わらんからな」
「ちがっ あれは 、俺の ヒートが……」
服の裾を握って、恥ずかしさに俯いた。
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