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狼の枷 29
拒絶するような、先程まで体温を重ねてお互いを貪り合っていた空気を、断ち切るような……そんな背中を思い出して、ぽつりと言葉を呟く。
「 あんなに欲しいって顔してたのに 」
シャワーの水音のせいで声はほとんど出なかったけれど、自身の胸の内にはそれは大きく響いた。
噛んでと強請れば、強請るままに歯型をつけて、
痕を残してと強請ればそのように肌に吸い付いて、
名を呼べは、冷たそうな目の奥にちりちりと火をつけたような熱っぽい眼差しがこちらを見て……
「 俺が必要なのかと思ったのに 」
ただ保護の名目と、発情期を乗り切らせるための医療行為の一環でしかなかったと言う事実に、あかは立っていられずに床に座り込んだ。
太腿の歯型、
腕のキスマーク、
ナカに欲しいと言って吐精させた。
でもそれもすべて発情期のせいで……
自分が望んだからしてくれたわけでも、自分だけがしてもらったわけじゃない。
「 」
母には自分が居てやらなければ と思っていた頃の事を思い出して、小さく笑いが出た。
「……俺、また捨てられるのかな 」
あの熱が嘘だったように、体はいつも通りだ。
用意された部屋、
用意された服、
きっと、今まで匿われたΩがいたから用意されていた物なのだろうと考えて、あかは膝を抱えた。
見つけて、保護して、
「他のオメガにもあんな風にしたのかな 」
求められるままに抱いて、
「優しく、したのかな 」
自分がΩだと言う事や、母が自分を売ったと言う事よりも、なぜだかそちらの方が胸に引っかかってすっきりとした気分にさせてくれない。
「俺の首 噛みたがったのに……」
他のΩの首も噛みたがったのかな?と自問自答に落ち込んで、溢れそうになった涙を乱暴に拭う。
「いやっ俺は勝手に連れてこられて!」
母が売ったと、
「それで攫われて!」
売られる前に保護したと、
「お 犯されて……」
輪姦されていたかもしれなかった。
「酷くされて……」
望んだままに、望む事をしてくれた。
「 」
普段、恐ろしい程硬質な目が、熱を持って自分を見下ろしてくるそれが、胸をぽっと温める。
気にした事も無かった人の肌の匂いを、いい匂いだと思ったのも初めてだった。
「……」
何がしたいわけでもない。
けれど、無性に大神の仏頂面を見たくなった。
「えっと……」
すとんと落ちないこの胸の内をなんとかしたくて、会えばこの胸の内をもやもやとした物が取り除けるんじゃないかと期待を込めて、
そして、その気持ちの動きに名前が付けられるんじゃないかと……
窓は開くが全て格子が嵌められていて、細いあかでも流石に通ることはできなかった。
勿論扉には鍵が掛かっている。
試しに出して欲しいと言ったが、トイレも風呂も食事も用意された部屋から、何が必要で出るのかと聞かれてしまった。
「天井……クローゼットの中!」
はっと思い立ってクローゼットを全開にした。
好きなのを着るようにと詰め込まれていた服を押しのけると、その奥に天井の点検口があるのが見えた。小さいけれど、十分だった。
椅子を台にして天井に上がると、幸いな事に区切られていると言う訳ではなさそうで、あかはほっとしながら天井裏を這うように進んで行った。
連れて来られて案内なんて気の利いた事はしてもらっていない。
せいぜい治療を受けたリビングのような部屋と、先程いた部屋、そして大神と過ごした部屋くらいしか知らなかった為、他の点検口を見つけて覗いてみてもそこがどこなのかさっぱり分からなかった。
なんとなく行きたい方向へ天井裏を彷徨ってはみたが、埒が開かずに動き回るのを止め、仕方なく適当な所から下に降りて探すしかない と、あかは辺りを見渡す。
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