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狼の枷 33

 小さく項垂れた少年を見てから、瀬能は大神を見遣る。  普段と変わらないようには見えたけれど、その空気がぴりぴりとしている事に瀬能は気づいていた。 「それじゃ連れて行くけども、本当にいいのかい?」 「もうヒートも終わりました。連れ歩いても大丈夫でしょう。レヴィを護衛に就けていますので、万一何かあっても対処できます」 「そんな事を言ってるんじゃないって分かってるくせに」  泣き腫らした顔は、瀬能が初めて出会った時よりも酷い顔に見え、何があったか詮索する気はなかったけれど、つかたるへの移動が本意ではない事だけは汲み取れた。 「    」  うたの手を背に添えられて車に乗り込むあかが、一瞬大神を振り向いた。  見なくても分かるその視線を見返す事をせず、大神は瀬能に向けて頭を下げる。 「後はお任せします」 「君が頭を下げるのかい。槍が降るよ」  茶化すようなその言葉に、いつもなら一言反論が返りそうなものだったが、大神は口を引き結んだまま何も言わなかった。  咥えた煙草に火をつけず、大神は椅子に深く凭れ込んで何をするでもなく飴色の机を睨みつけている。  何事か考え込んでいる風でもあったし、酷く苛ついているようにも見えた。  あかがつかたる市に行ってから、こうやって過ごす時間が増えたと思うのは、直江の思い過ごしではない。  何を思い悩むのか?  何を気にしているのか?  答えはとっくに出ているだろうに と、思うものの直江は口には出さなかった。 「 ────っ」  懐で鳴り出した携帯電話の表示を見てふぅ と一つ溜め息を吐き、覚悟を決めてから大神に携帯電話を差し出す。 「お電話です」  表示には瀬能の名前が表示されていて、早く出ろと着信音がせっついている。  ちらりとそれに視線をやっても、大神は動かない。直江が焦り出して顔色を窺うようになってから、やっと手を伸ばしてそれを受け取った。 「  はい」 「  あ、大神くん?居留守かと思ってたんだけど?」 「いえ、すぐに手が離せなかっただけです」  そう言ってわざとらしく机の上の書類でバサバサと音を立ててみせた。 「何かありましたか?」 「ありましたかじゃないよ、君分かってるんだろう?何したんだい?」  ナニした なんて冗談を返す気は起きない。 「あか君の事だよ。君のニオイに怯えてマッチング相手が逃げ出すんだよ!」 「残り香位で怯える様じゃあ、どちらにしろあかの相手は務まりませんよ」 「それじゃ彼が困るんだよ?このままパートナーがいないまままたヒートになってご覧よ。薬、効きにくい感じだったから、辛い事になるんだよ?」 「じゃあ消臭剤なりなんなり吹き掛けてニオイを消せばいいでしょう!」  大神にしては珍しく、感情のままに声を荒げて机に手を振り下ろす。  どん   と、大きな手の打撃が飴色の机を震わし、大袈裟な程の音を響かせる。  空気が震えてピリピリと肌を刺す雰囲気に耐えられず、直江は一歩下がって身を縮こめた。  自分が怒鳴られているわけでもないのに震えて泣き出しそうな顔で、おろおろと大神の様子を窺っている。 「もうあいつはそちらの人間になったんだ!いつもお任せしているでしょう⁉︎」 「彼は新しい戸籍を拒否したよ」 「   」 「ついでに食事も拒否してる」 「   」 「コレが君ら親子のやり口かい?オメガが弱いって、ぼくは散々言ってきたつもりだっただけど?」  以前にも言われた言葉をもう一度耳にすると、同じ事で何度も怒られるような幼い子供に戻ったような気がして居心地が悪かった。

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