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狼の枷 35
大神が握れば手首はあっさりと折れてしまいそうな程細い、肩も骨が浮いているのが服で隠されていても分かるくらいだった。
小さな溜息を一つ吐き、大神の大きな手がスプーンを持ち上げ、目の前の冷めてしまった粥を掬ってあかの口元に運ぶ。
「食え」
「 っ」
嫌だと返そうと思うのに、従順にその声に従って口を開けた。
「 悔しい」
「そうか」
飲み込むのを待ってからもう一度掬い、口元へと運ぶ。
今度は何も言わなくても素直に唇が開いた。
「 俺、に なにしたんだよ」
「俺は何もしていない」
スプーンを動かす合間にあかの唇の端の汚れを拭い、そうぽつりと返す。
「 あんたがいないと、匂いがしない、音もしない、色もなくなって、全部が全部灰色だ!何かしなきゃ、こんな事になるわけないだろ!」
「そうか」
「何したんだよ!」
ボロボロと泣き続けるあかの頬を拭い、何も答えずに大神はまた一掬いしてスプーンを差し出した。
「お、おれ 大神さんの こ、とが 」
「直ぐに忘れる」
「 」
「気の迷いだ。直ぐに忘れてしまえる」
「そん っなわけっ 」
華奢な手が伸ばされて、膝の上に軽い体が飛び込んでくる。
「そんな訳ないだろ!」
弾かれたスプーンが落ちる音が食堂に響いて、追いかけるように微かに歯が当たる音がした。
縋りつかれて、ぶつかった唇から血の味が溢れて……
けれど重なった唇の熱さにそれもすぐに掻き消されてしまった。
「馬鹿な事をするな」
「 俺を連れてって、なんでもするから!」
唇に残る血の味は金臭いはずなのに、どこか甘さを感じて、ひと舐めすると頭を殴られたんじゃないかと思えるほどぐらりと思考が震える。
ダメだと思うのに、この甘い血を持つΩの言う事を聞いてやりたくて聞いてやりたくて堪らない気分になった。
「じゃないと俺は……」
視線の先に見つけた物をあかより先に取り上げようとしたが叶わず、盆の上に乗っていた箸を掴んだあかは迷いなくそれを喉に突き立てた。
首輪の下から喉の柔らかい箇所に向けて差し込み、力を込めた両目で大神を睨み付ける。
「生きてても仕方ない」
自分の命を盾に物事をいいように運ばそうとするのが成功するのは、その命に価値があればこその話だ。
大神に突き放された自分自身に、そんな価値がないのは重々承知だった。
けれど、あかにはもう掛けられる物がそれしかなかった……
唯一の持ち物の命を差し出して縋るしか、あかには道が残されていない。
自身の価値のなさを痛感することになって、噛み締めた唇が震えだしそうだ。
「大神さんの傍に置いてくれないなら、死にます」
「馬鹿な事は止めろと言った」
他の人間ならば、「好きにしろ」と言い捨てて放り出して帰るような事だった。
「 」
あかは何も答えずに、箸を持つ腕に力を込めて箸先をぐっと皮膚に突き立てる。
痛みよりは熱さが皮膚を押して入り込んで来るような感触がして、頭の片隅で不思議なその事を考えていた。
大神を見る目に、揺らぎはない。
至近距離で、お互いの心の中を覗き込むように何度も何度も視線を絡めてはその瞳の奥の感情を覗き込む。
「 ────、分かった」
細い腕を力づくでどうにかしようと思えば出来たが、あかは引かないとそう判断した大神が折れた。
「直江の補佐をする奴が必要だと思っていた」
「え ?」
「俺の身の回りの世話係としてなら傍に置いてやろう」
「うん!」
「ただし、マッチングは続けろ。相性のいいのが見つかり次第、パートナー関係を結ぶんだ」
「や やだ」
「それが出来ないなら置いて行く」
視線を絡めて、窺う……窺う……けれど、
「分かった……」
きっとこれ以上の譲歩はしてくれないだろうと、あかは小さく頷いた。
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