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ひざまずかせてキス 13
「臭い!」
「え~?こんなもんじゃない?」
「部屋干しの、しかも黴の臭いがする!」
「えっ?せいかーい!」
「正解じゃない!なんてものを着せるんだ!」
「いやいやいや、ちょい待ちちょい待ち、落ち着こうや」
そんな言葉で落ち着けなかったオレは、更に言い募ろうと口を開いた ───ら、視界が回転した。
「まぁちょっとどうどう」
ぐるんと視界が回ったと思ったら、なぜだか相良の腕の中に倒れ込んでいて、落ち着くようにと背中をトントンと宥めるように叩かれていた。
何、が?
「あんたあのまま寝ちゃってさぁ。とりあえず着替えは俺のを持ってきた。んで、寒くないようにこうやって温めてやってたわけだ!」
「俺えらーい」とやっぱり自分で自分を褒めると、「な?」とにっこり笑った。
無精髭をさらに濃くした相良は、そう得意げだったので一発殴っておいた。
「やっぱり俺が殴られる意味が分かんないんだけど!」
「服が臭い」
「ええー!隠せてるからいいだろ?」
「不衛生すぎる」
「警察には掴まんないって」
「そう言う話じゃない!」
自分に着せられていた服を改めて見直してげんなりした。
白 だったはずの薄黄色の生地と、首周りが伸びてよれよれだ。そして何より黴臭い……許せん……
「こんなのばっかり着てるんじゃないだろうな!」
「そんな服しかないに決まってるだろー?貧乏なめんな」
つーんと唇を突き出されても、可愛くもなんともない。
「おまっ お前っいい年してるんだからもう少しましなの着ろ!」
「じゃああんたが選んで」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「じゃないとその服であんたを抱きに来る」
なんの脅しだ!?
「ヤッてる最中黴臭くていいんならいいけどー」
ちょっとぶりっ子を装う辺りにイラっと来た。
脛目掛けて蹴りを繰り出して 振り下ろすっ!
「ぃーっ たっ!」
「ざまぁ」
「ざまぁ!?じゃあ何か!?あのまま放置で風邪ひいた方が良かったって言うのか!?」
今度はこちらがぐっと言葉に詰まった。
熱でも出して業務に差支えが出れば大神が困る。
「 ぐっ ぅ、そこはっ……感謝 しといてやる」
「言い方おかしくなーい?」
「っ ぶっちのめすっ ありがとうっ!!」
奥歯をぎりぎり鳴らしながら言ってやると、向こうも留飲が下がったのかへらりとした笑顔になった。
「まぁ元気そうだし、俺帰るわ。またバイトの時間だし」
事務所の時計に目を遣った相良は、思いの外進んでいたらしい時計の針に驚いて飛び上がった。
「昼に出前とってくれよ!そしたら来れるからさ!」
「はぁ!?」
なんでわざわざ顔を見る意味が分からん!
文句を言って返そうとする前に、本当に時間がないのか焦った顔のまま「またな」と言い残して飛び出して行った。
窓の方に目を向けると、全力で道路を走って行く後姿が見える。
なんなんだ……あいつは……
床に放り出された小汚い服に視線を遣り、はぁと知らず知らずの内に溜息が漏れた。
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