276 / 665

教えて!先生っ 28

 結局、縫う必要もなかった傷にガーゼとネットを嵌めてもらって、悲しいことに訪れる場所は決まっている。  ありきたりな感じのバーの扉を開けてヒタの姿を見つけてその前を陣取ると、ちょっと驚いたような顔とオレの手を見比べて小さな溜め息を吐いた。 「今度はどうしたの?刃傷沙汰?」  茶化す為に言ってくれたのだろうけれど……これはそれに入るのかもしれないと考えていると返事が遅れて、その微妙な間を感じ取ってしまったらしいヒタは「あー…」と声を漏らした。 「聞ける話?」  言えるか言えないか  は、正直微妙だ。  ヒタが言い回る人間ではないのはよく分かってるし、気持ちの整理をつけるためにも聞いてもらえたらとは思うけれど、どう言ったらいいんだろう?  最高に幸せになれる相手に項を噛まれたけど、実はそれは操られてそう思わされてただけで、自分の本心で嬉しいと思ってるわけじゃないかもしれない と。  幸せと思わされているんだと、何よりそれがショックだ と。  あの多幸感がまやかしだったと言うことが、何より悲しくて…… 「……今日は飲む!パーッといく!」 「この間は飲まないみたいなこと言ってなかった?」 「飲まないなんて言ってないし!三本もボトルがあるから、ちょっとなら飲んでもいいって言っただけだし!」  「あら、そう?」と言って、けれどヒタは酒ではなくオレンジジュースを出してきた。 「酔いたい気分なんですーお酒にしてよ」 「ケガ人には出せないですー」 「コレは大した傷じゃないの!転んだ傷より軽いの!」 「もーう!じゃあ、もしもの場合はどうすんの?ね?だからジュースにしときなよ」 「もしもはもしもだろ?」  してるかしてないか分からない妊娠なんて。  それに、このご時世に誘引フェロモンを使って……て部分が、どうしても許せない。  弱みを握って とかよりも、よっぽど質が悪い!  誘引フェロモンは、Ωの好意を弄ぶものだ  なんて、見出しがついた記事もあったっけ?  αに対する好意を引き出させる なんて、悪質だ。  だってオレは、二人に対して本当に……安堵と言うか、胸の温かくなるようなそんな気持ちを思ってて。 「それにぃ、ボトルもう空っぽなのよねぇ」  えへ と笑うヒタに普段のアルカイックスマイルはないし、視線も合わない。 「は?」 「ごちそーさまでしたっ」  似合わない顎髭の生えた顔を可愛らしく傾けて、ヒタはこれまた似合わない笑みでそう言う。  え ?飲んだ?飲み干した⁉  少しずつって言ってたのに⁉ 「えっ   じゃあ二本目とか  」 「美味しかったです!」 「三本目は?」 「お陰様で二日酔いだし肝臓が悲鳴を上げてまっす!」 「はぁぁ⁉昨日の今日だ っ」 「ってことで、やっぱりジュースね」  そう言ってオレンジジュースの入ったドールグラスをこちらへと押しやる。  カコン と鳴る氷の入ったそれはゴクゴクと飲み干すと美味しそうだけれど、違う、そうじゃない。

ともだちにシェアしよう!