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青い正しい夢を見る 1

 夢を見ることだけが僕の自由  遠い喧騒と耳が痛くなるほどの静けさと。  いつもは無機質な校舎が明日の文化祭に備えて飾り付けられているせいか、別の世界に落ち込んだかのような雰囲気が漂っていて、慣れた場所のはずなのに自分自身がこの場にそぐわないような気がしてならなかった。 「カーテンは閉めたよ」 「うん、こっちも  これで最後」  最後に戸締りの確認をした僕に、彼は小さく微笑んだ。 「明日の店番が終わったら、一緒に回らない?」  その頬が赤かったのが、消えかけた夕日のせいだったのかそうじゃなかったのか……  彼は友人と気楽に回ろうと声を掛けてくれたのかもしれなかったけれど、それを聞いた僕は飛び上がりたい気分のせいか胸が苦しくて、拳で胸を押さえながら小さく頷き返すだけが精一杯だった。  そんな僕の態度に、けれど彼は優しく微笑み返してくれたのが印象に残って。  押し付けられた文化祭の実行委員だったけれど、彼と話す事が出来たのが嬉しかった。  一緒に何かが出来たのも嬉しかった。  一緒の時間を過ごせたのも嬉しかった。  だから、一緒に模擬店を回ろうと誘われてそれに胸が高鳴って……  舞い上がって、  どきどきして、  鼓動が熱を持って……  その日の夜、僕は初めての発情期を迎えた。  薄青くて暗い光に目が覚めて、幽霊のように浮かび上がった障子に目を遣った。 「──── 今日も、  起きちゃった  」  夢の名残を引き摺る胸に手を当てて深呼吸をしてから、湿っぽい寝床から這い出してそっと障子を引く。  北向きのせいかどこか常に湿気た風のある土と庭木と古い壁だけが見える、変わり映えのないその景色を見るのももう何年目なのか、指を折ろうとしたけれどそんな昔のことではないような気がしたし、最近と言うには時間が経ちすぎているような気もした。  草臥れた寝間着を脱いで丁寧に畳んで、中身の少ない引き出しの中にしまう。  年季が入ったせいか歩くとどうしてもきぃきぃと音の鳴る廊下を、出来る限り静かに歩くのにももう慣れた。  明かりの灯っていない薄暗い屋敷は棺桶のように静かで、そこを音を立てずに歩く自分は幽霊のようだ。  水屋に着いて、朝食の支度を始めると後ろから声が掛かった。 「遥歩(あゆむ)さん、おはようございます」  初老の柔らかい声にほっとしながら、深く頭を下げて「おはようございます」と挨拶を返す。この家の中で、僕に挨拶をしてくれるのは野村さんくらいだろうか?  柔和な物腰でゆったりとした動きなのに手際が良くて、この人に家事を教えて貰わなければ、僕は本当に役立たずだったかもしれない。

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