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青い正しい夢を見る 2
食卓に並べるのは、大奥様と旦那様と奥様の分。
自分は三人の食事が終わるまで傍で控えておかなくてはならない。以前はそれが辛かったけれど、僕が図太いのか人が慣れる生き物なのか、今ではただ無心でそれを眺める事が出来る。
「 辛気臭いこと」
ひゅ とした音と共にこめかみに衝撃があって、痛みを感じる前に目が回った。
思わず崩れた際についた手の傍にごろりと転がった茶碗は大奥様の物で、それを投げつけられたのだと判断した頃にはどすどすとした足音が傍らを通って去って行く所だった。
「 申し訳 ございません」
その背中に謝罪してはみたけれど聞こえてはいても聞いてはくれないだろう。
畳の上に広がったご飯を見ながら何も感じないふわふわとした感情のなさに、これは夢じゃないのかと思い始めた頃、じんわりとした痛みを感じ始めて僕を現実に引き戻した。
あの文化祭の前日、突然の発熱と高揚に訳が分からないまま病院に連れていかれて、そこでΩと診断された。
それを知った時の父親の絶望した顔と、義母の妙な安堵の顔と……
その理由を知ったのは、辛い発情期を乗り越えてやっと人間らしい思考を取り戻した僕が、発情期の為に文化祭に出られなかった事に気付いた日だった。
妙に緊張した面持ちの父の後ろで、良くも悪くも僕に無関心だと思っていた義母の笑みを覚えている。
「 すまない」
普段、謝るような事はしない父のその第一声に不穏な物を感じたものの、初めての発情期が終わったばかりで消耗していた僕はそこまで頭が回らず、訳が分からないままに首を傾げた。
「お前を、欲しいと言われている」
なんの事だと問いかける前に父が話し始めて……
まだ子供だった自分には衝撃的過ぎて言葉の一言一句は曖昧で、今でも思い出せないけれど申し訳なさそうにしている父とこちらを見る義母の目の嘲笑は忘れる事はできない。
「父さんがな、懇意にしてもらっている会社の 大きい会社の社長さんだぞ?その人がお前がオメガだと知ってな?」
僕の感情なんて気にした事もないような父親なのに、その時だけはやたらと僕に問いかけると言うか窺うように話していて、僕が取り乱さないのか慎重に言葉を探しているようだった。
待つ事に焦れたのか、義母が話しを進めない父を押し退けてぐいと身を乗り出す。
「先方はアルファでね、ほらーこの間もニュースになってたでしょ?優秀なアルファを残すならオメガと番になるべきっていうの。向こうもそれを信じてらしてね、年もいいしどうでしょうかと、向こうから声を掛けてくださったのよ⁉」
息を飲んだ僕に、父は増々気まずそうだった。
僕自身の表情にも、何を言い出したんだろうと言う表情が見え隠れしていたのかもしれない。父の言い出した事は到底僕の理解の範疇を超えていて、素直に言葉を飲み込む事が出来ないでいた。
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