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青い正しい夢を見る 3
「 僕、まだ 学校が……」
αやΩは噂に聞く程度、βならばクラスに何人かいる、そんな生活の中で暮らしていると、バース性の話はどこか遠い世界の話のようで、自分自身がΩだった事すら知らなかった僕にバース性に関する事を言われても何も理解できない。
αの番は、Ωであるべき?
この二つのバース性の間で『運命の番』と呼ばれる引き合う現象があるのは知ってはいるけれど、それぐらいだった。
発情明けで疲れた息子を労う為の、ただの冗談 とも思えない。
何を?
言われた?
「学校は もう、行かなくていい 」
「は ?」
あの進学校は、それぐらいの所を出ていないと親が恥ずかしいからと、父の要望で選ばされた行きたくもない学校だった。それをあっさりと行かなくてもいいと言われて、反論すら思い浮かばなかった。
「だってオメガなのよ?勉強なんかしても意味ないじゃない?」
意味がない?
「だ だって、オメガなんて……知らない……」
「お前のお母さんがオメガだったから、もしやとは思っていたんだが こんな事になるとは」
「何言ってるのよ!凄いわね!遥歩くん、お相手は古い名家よ?玉の輿ね!」
「ちょっと黙ってなさい」
甲高い声でしゃべる義母に何を言っているんだと問いかけたかったけれど、干からびた喉がうまく動いてくれなくて声が出せない。口をパクパクとさせている僕をどう思ったのか、父は改めて話をするから と義母を引っ張って階下へと行ってしまった。
一階から聞こえる小さな言い争う声は内容までは聞き取れないけれど、あの父がここまで感情的になって怒鳴ているのだから大事なのだろう。
幾度か目を瞬いて、父が言った言葉を反芻すればする程何を言われたのかが分からなくなり、小さく首を振っては話の内容を否定しようとした。
取引先の会社の家に行って、番になれ と?
跡取りが欲しい為に?
コウノトリが子供を運んでこない事を理解できない年じゃない。学校でも習った、早熟な同級生達の話も聞いた事もある。
そう言う事、を する事だと。
考えが過っただけでぞっと背筋に悪寒が走った。
そんな事を考えた事もない、ただ漠然と好きな人とするものなのだと言う認識程度で、親に言われてするような事でない事だけははっきりしている。
いきなり見知らぬ女性と結婚しろと言われて出来るものじゃない。
「や ど、 したら 」
詰まりそうな息を落ち着かせるために拳をぎゅっと握り締め、混乱に回りそうな目をきつく閉じて体を固くして「助けて」と呻いた。
その時、小さく脳裏を横切ったのは文化祭の実行委員会の集まりでの彼だった。
実行委員の仕事道具を抱え込み過ぎた僕の荷物を、彼が半分持ってくれた事があった。
腕が痛くてどんどんずり下がっていくのがどうしようもなくて、床に落としてしまいそうになった時、颯爽と駆け寄ってきて助けてくれた。
それが、格好良くて
「 助けて 」
記憶の中の彼はヒーローで、そんな彼に救いを求めるように声を出してみるけれど、彼の家どころか連絡先すら知らない自分には助けを求めようもないのだと痛感するだけで……
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