302 / 665

青い正しい夢を見る 15

「  狙い通り、 噛んでやった!これで、 満足かっ⁉」  言い聞かせるように、ゆっくりと力強く告げられた言葉に反応できなかった。  噛んだ?  この人は何を言っているんだろう?  僕の首の後ろが傷だらけで、彼の口元が血だらけなのは理解できる。 「でもな、俺は お前となんかとっ 番には、ならないっ!」  頼りない明かりが映し出した男性の顔が余りにも絶望にしがみつかれたような表情をしていたせいか、蹂躙されたのは僕の体ではなくて彼の心だったのかもしれない と、他人事のように腑に落ちた。 「つが い  」  ならない?  バース性の人間は性別にとらわれる結婚ではなく、首を噛む事によって結婚するのだと、小学校の保健で習った記憶があった。 「  そうですか」  噛まれても、拒否する事は出来るらしい。  小さい頃の記憶では、教師はその関係は絶対だ みたいな事を言っていたように感じていたけれど、この傷は指輪の程度の物なのかもしれないと、ほ と肩の力が抜ける気がした。 「お前らがどうずるがしこく立ち回ったって、俺は番なんかいらない!こんな事しても無駄だ!どうせ金にでも釣られて股を開いたんだろうが、残念だったな!お前らみたいな本能任せのオメガなんか、誰も欲しがったりしない!」  口早に話される言葉はどれも鋭い感情が込められていて、何か言い返そうと思うのにそれに喉元を締め付けられたように声が出ない。  ずるがしこく と言うのが、どう言う事なのか、  Ωが本能任せと言うのは、どう言う事なのか、  分からない事ばかりで小さく首を振り返した。 「媚びるだけ媚びて盛って、人の生活めちゃくちゃにして嬉しいか⁉︎か弱いフリしてあっちこっちでヤリまくってる癖に!お前達なんか獣と一緒だろっ  っ      ぅ甘ったるい臭いまき散らして  っ   」  呻きながらよろめいた彼が力いっぱい突き飛ばすから、僕の体は簡単に放り出されてしまって、蔵の太い柱に背中をしたたかに打ち付けつけてしまった。 「お前らがっ  どこでもかしこでも盛るから  っ   俺達アルファは  っ   」  吐き出す言葉が嗚咽に消えかけて、僕はきっとその言いたい言葉の半分も聞き取れなかったんじゃないかな?  苦しそうに僕を非難する彼を見て、  僕が加害者なんだ と、そう思った。  広範囲に抉れるような傷口に野村さんは泣きそうな顔をしてくれたけれど、奥様達はけらけらと面白い物でも見るようにそれを指さして笑っていた。 「よくやったわね」  憔悴しきった彼は奥様達に返す言葉を見つけられなかったのか、眩しい日差しの中でよろめきながら屋敷の中へと入って行き、残された僕はどうしていいのか分からずに様子を窺っていた。 「まぁあなたも、後は結果次第かしら?」  結果?  尋ね返そうとしたけれど声が嗄れて言葉が出ず、困ってつい野村さんの方に視線を投げると、僕と同じように戸惑った曖昧な表情のままだった。 「   傷の手当てをしましょうね」  傷?  傷……? 「ぃ  たく、 」  「痛みがないので平気です」の言葉が出なくて、意思を伝える為に首を振って遠慮すると野村さんの表情がくしゃりと崩れる。

ともだちにシェアしよう!