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青い正しい夢を見る 22
微笑んだままの医者と、その後ろに立つ若い看護婦。
診察室の椅子に座らされたものの、その二人を前に落ち着かなかった。
「あの 」
「ゆっくりでいいよ、飲んじゃってからで」
手の中に視線を戻すと、甘そうな匂いのするホットミルクが入ったカップがある。
温かいそれが不思議で、口をつける事ができないでただ見ているだけだ。
これは、僕に与えられた物なんだろうか?
確かに僕に飲むようにと言われたけれど、Ωには言ってはいないのかもしれない。
だとしたら口をつけるのは酷く不作法で、二人を不愉快にさせてしまうかもしれない。
だって、僕はΩだから。
「あ、嫌いかな?」
「いえ 飲めます」
「熱すぎた?鏑木さん、ちょっと冷たいのも持ってきてよ、冷ましてあげた方が良さそう」
「ついでにチョコ開けましょうよ、ほらこの前貰ったの」
医者の言葉に看護婦はそう返して奥に消えて行く。
「いいよってまだ言ってないのに……」
看護婦の消えた方を見遣り、呻くように言ってからカルテをトントンと叩き、それからおもむろに口を開いた。
「ご飯美味しい?」
「え はい 」
沢山は食べれないのが申し訳ない程野村さんの食事は、美味しい。
「楽しい事ある?」
「 はい」
まかないの際に、野村さんと他愛もない会話をするのは、楽しい。
「夜眠れてる?」
「 ぁ はい 」
多分、眠れていない夢を見ているだけで、眠っている はず。
「せんせぇ!クッキーも開けちゃいますよ?」
「緑の?いいよ」
盆に自分達の分らしきカップと牛乳と、チョコレートとクッキーの缶を乗せて看護婦がいそいそと戻ってくる。
「まぁまずちょっと、お腹に物を入れようか」
「あ あの、僕早く戻らないと 」
遅くなればなっただけ、奥様の怒りが増すだけだ。
自分だけならば耐えればいいけれど、野村さんにまでその八つ当たりが向かってしまうのは分かりきっている。
心底困った顔をしていたからか、医者は少し考え込むようにして看護婦の方をちらりと見た。
「フェロモンの確認を先にします?」
「じゃあヒートが近いかどうかを確認させて貰おうか。準備してくれる?」
ぎゅっと胃を掴まれたような気がして胸を咄嗟に押さえたけれど、拒否すればこの医者は何で叩くのかと思うとそれもできない。
せめても と、看護婦が奥へと消えたのを見てからカップを置いて、そろりと立ち上がる。
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