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青い正しい夢を見る 21

 腹に手を置き、そこが空っぽな事に安堵と同時にどうしようもない不安に駆られて……  一歩踏み出した。  この結果を持ち帰った際の屋敷の人達の態度を思うと、足元から這い上がってくる何かに鷲掴みにされて引き倒されそうな、そんな幻覚を感じて、  一歩……  踏み出したはずだった。  青いそこに沈む。  緩やかに落ちて澱の溜まった底につくと、一瞬は澱ですべてが見えなくなるけれど、やがて体全てが澱に飲み込まれて終いとなる。  水が肺に入って、  澱が喉を犯して、  苦しくて仕方がないのに、なぜか安堵もした。 「  ──── ?」  喘ぐように呼吸をして、息が出来るのだとそれはそれでほっとしながら辺りを見回した。  白い布にぐるりと周りを囲まれたそこは病院と言って間違いはないようだ。 「…………  あの  」  微かにカーテンの向こうに感じた人の気配に気付いてそう声を掛けると、「起きた?開けるよ?」と声が掛けられて遠慮がちにカーテンがずらされて、中年の医者がこちらを覗いた。  人懐こそうな垂れ目が僕を見て柔らかく細められて、「大丈夫そうだね」と微笑んだ。 「ここは病院、運び込まれたのは覚えてる?」  そう言いながら目を見せて と僕の目の下を軽く引っ張る。 「貧血もあるのかな」  手首を取られて脈を計りながら医者はんー と低く唸る。  それが、彼を不機嫌にさせたのではないかと思わせて、僕は咄嗟に息を詰めた。 「どうしたの?」 「   いえ   すみません  っあ、あの、僕、帰らないと!」  病院からの帰りに気を失ったのだろう。  だとしたら、ずいぶん長い間屋敷から出ている事になる。 「あ?ちょっ 急に動いちゃダメだ!」  ベッドから急いで降りようとした僕を医者の手が押し止めようとさっと前に差し出されて……  でも、その手が怖くて 「────っ」  震えて後ずさった僕に、医者は一瞬怪訝な顔をしてから、ゆっくりと立ち上がって頷く。  僕の失礼な態度に気を悪くしたのかとそろそろと様子を窺うも、気にしたそぶりもない事にほっとした。 「パートナーに迎えに来てもらおうか」 「  ぱ  となー ですか?」  パートナー と口の中でもう一度呟くも、心当たりは真っ白で誰も思い浮かばない。  ……いや、一人……  夕日に照らされた顔を思い出しそうになったけれど、慌てて首を振って掻き消す。 「すみません、そんな人いません」  自分でも驚く程感情の籠らない言い方だったと思う。  現に医者は驚いたように目を瞬かせた後、また小さく頷いた。 「じゃあ家の人は?」 「 いえ」  野村さんならば迎えに来るのも嫌な顔はしないだろうけれど、煩わせるのも申し訳ないし、第一に大奥様が許さないだろう。 「   じゃあ、もう少し様子見と、検査させてもらえる?」  首に掛けられた聴診器を外しながら聞いて来る医者に、冷や汗と嫌悪感を思い出して、ぼんやりと拒否する事が出来たら……と思いながらもこくりと頭を縦に振った。

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