307 / 665

青い正しい夢を見る 20

 そんなに、人を不愉快にさせるのがΩなのだろうか?  怒りよりも疑問が口に出そうで、ぐっと唇を噛み締めて聞いては貰えない挨拶をして診察券を出した。  相変わらずこちらを突き放すような医師が大仰に顎をしゃくりながら「ん」と指示を出す。 「  っ  や っぱり、脱がないといけませんか?」 「はぁ?  君、何しに来てるの?」  思わずこちらが飛び上がりそうになる程の声に、ひ っと小さく声が出た。  怯える僕を見てにやにや笑った後、鉛筆立てから定規を取り出してその角でコツコツと机を叩いて見せる。 「清水さんの所がどうしてもって言うから、うちはオメガなんか診ないのに」 「っ  す、みません  」  指先で定規をぎ と撓らせ、面倒そうに溜め息を吐く医者に頭を下げてズボンと下着を下ろし、言いつけられていた体勢を取って唇を噛み締めた。  ひやりとした空気と、ぴっと空気を切り裂いた定規の音と肌を伝わって届いた尻たぶを打つ音を聞いて、火傷をした時のように嫌な鳥肌が立つ。  追いかけるように痛みなのか熱さなのかよく分からない感覚がして、震えて崩れ落ちそうだ。 「さっさとそうしとけばいいんだ」  小さく口の中で「すみません」と繰り返すも、医者は聞いてもいないし聞こえてもいないだろう。  いつものように屈辱に奥歯を噛み締めながら早く終わって欲しいと願っていると、ゾワリと背筋を冷たい物が走り抜けた。 「   っ⁉」  医者の指先が、ソコへ触れるのはいつもと変わらないはずなのに…… 「  ────っ‼」  せり上がってくるような嫌悪感に反射的に体が逃げた。  膝まで下ろした服のせいでよろけて倒れ込み、悪寒にぶるりと体を震わせる。 「あ、  」  触れられた箇所から血の気が引くような、風邪でも引いたのかと思うような寒気と冷や汗が、一気に全身を襲う。  何があったのか、自分の体が自分自身で分からない。  ただ、嫌悪感と不安と、何かに縋りつきたい思いで震えながら医者を見上げた。 「ああ、首を噛まれてるのか」  苦々しそうな声が上から降り、見下ろしてくる眼光の冷たさに息を飲むしかできなかった。  胃を押し上げられるような気持ちの悪さに何度逃げようとしても、その度にパシンと定規で叩かれて身が竦んだ。  医者の指が体内に入り込んでくる事に拒否感が募ってどうしようもなく、喉がぐぅっと鳴って酸い物がせり上がってくる。 「 ────っ  ぐ、けほっ  」  口の端から垂れて床に胃液が落ちた事に、苛立ちを募らせた医者が舌打ちを零し、「つまらない」「面倒なだけになった」とぶつぶつと言って僕から離れていく。  ぎしぎしと椅子を軋ませて医者が椅子に座り直したのを見てから、ぐっと奥歯を噛み締めて体を起こす。  服を直すとさんざん叩かれた皮膚が布に擦れてちりちりとした痛みを訴えかけてくる。 「   ああ、もういいよ。子供はできてないから」  こちらを見ずにそう言うと、「また一週間後に」とだけ言って僕の存在がないようにぺらりぺらりとカルテを捲り始めて、そんな医者に小さく頭だけを下げて診察室から退室した。  できていなかった?  思い出したように胸を悪くする嫌悪感を堪える為に立ち止まり、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。

ともだちにシェアしよう!