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青い正しい夢を見る 34

「遥歩さん?」  動かなくなった僕を野村さんが追いかけるように振り返って、怪訝な顔を見せた次の瞬間、小さく「あ 」と戸惑いの声を上げて肩をびくりと揺らした。  僕の肩越しに視線が動くのが分かり、そこと僕の顔を交互に見てみるみる顔色を悪くして行く。  野村さんの視線を辿っては駄目だと、頭の中で警鐘がわぁんわぁんと割れんばかりの音を鳴らしているのに、僕はなぜか後ろを振り返った。  いつも薄暗い蔵の明かりを通してしか見た事のない正美さんは、思っていたよりも年齢が上だった。  優しそうな柔和な笑顔と愛おしそうに相手に視線を向ける表情は今まで見た事がなくて、それから……背が高いと言う部分は記憶通りだ。  それから、よく似た顔立ちの中学生くらいの男の子と、傍で和気藹々と話をしている正美さんと同じ年ぐらいの女性と……  一瞬見ただけで、この三人は家族なんだとすとんと理解できた。  正美さんに似ていると思った男の子は、よく見ると目元はお母さん似のようだ。 「遥歩さん  帰りましょう   」  僕の視線がその三人を追いかけているのに気づいた野村さんが慌てて僕の手を引いた。  けれど、  僕は、  動けなくて……  正美さんに気付かれる前にここを立ち去るべきだとよく分かっているのに、どうしてだか悪魔にでも足を掴まれているかのように歩き出せず、野村さんに引っ張られて無様によろける羽目になった。  ビ  ッ と紙袋が破れる音と、中に入っていた鮮やかな黄色の八朔が一個転がり落ちて……  くすんだコンクリートの上を転がる綺麗な八朔の色をぼんやりと目で追いかけていると、向こうから見られているのに気が付いた。  先程までの、穏やかさの欠片もない、嫌悪と憎悪の混じった双眸は…… 「遥歩さんっ行きましょう!」 「あ でも、八朔が……」  呑気に、そう言葉が出た。  そんな物、どうでもいいと分かっていた筈なのに、ぽかんと心に穴が開いてしまって肝心の事を考える事が出来なかった。  手を伸ばしたけれど、野村さんの引っ張る力の方が強くて、「あー 一個無駄にしてしまった」と思いながらそれから視線を逸らして足を動かす。  僕の手よりも野村さんの手の方が汗ばんでいて、顔色も悪い。  怒っている表情をしているのに顔色は真っ青で。  少し休ませてあげたかったのに、それを提案する雰囲気ではなくて……沈黙のまま屋敷に駆け込むようにして帰り着いた。 「あ ゆ   さっあれは、見間違いですっ」 「    」 「  あ  れは、…………」 「     ご家族が いらっしゃるんですね」  僕の口調が淡々としていたせいか、野村さんが更に焦ったように首を振る。 「そん  ずっと旦那様達は結婚は許さないと っそう言っていたのに  」  でも、僕の見たのは仲睦まじい家族像だった。  あそこまで似ていて、血が繋がっていないと言う事もないだろうし。  ────じゃあ、僕は、何の為にここに?  ぷつんと糸が切れた音がして、膝から床に崩れ落ちる。  野村さんが駆け寄って何事か聞いて来てくれたけれど、まるで水の中に居るような遠い声しか聞こえず、その問いかけの内容は分からなかった。

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