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青い正しい夢を見る 33
季節の変わり目か、時折風の中に違う季節の匂いを感じながら、ビニール袋をぶら下げた腕で茶色い紙袋を抱え直す。
「やっぱり全部って重くない?せめて紙袋だけでも……」
「大丈夫ですって」
申し出を断って、もう一度季節の変わり始めた風を肺いっぱいに吸い込んだ。
屋敷に帰れば、また今回の残念な報告を聞いた奥様達の叱責が待っているのは確実で、こうやって穏やかに呼吸をする事も出来なくなるかもしれない。
『不良品』
『価値のないオメガ』
『恥の生き物』
『息子の種を無駄にして』
『性根が腐ってるから出来ないんだ』
風の音が耳の中で木霊して、大奥様達から言われた言葉が聞こえたような錯覚がして、息が詰まるような 吐き出せないような そんな息苦しさに喉元に手を遣る。
思い出すと、指先から血の気が引いて行く。
何度目かの駄目だった後、医者の助言に従って、正美さんにも不妊の原因がないか調べてもらえないかと申し出た事があったけれど、『正美は大丈夫。貴方がそうやって生意気を言うから赤ちゃんも来てくれないんじゃない?』と返されて……『私達から孫を取り上げないで貰える?』と言われてしまった。
奥様の悲しい振りは明らかに演技だったのに、それなのに僕の中では、僕がこの人達に赤ん坊を提供できないから悲しんでいるんだ と、絡まった糸が解けないままに繋がって。
また一つ、加害者になったんだなって……
「 オメガってだけで、こんなに人を傷つけてる……」
風の中に感じる季節の変わり目が物悲しくて、寂寥感に震えそうになる。
僕が加害者だから、子供を産む資格がないせいで子供が来てくれないのかもしれない。
「遥歩さん、こっそりおやつ食べて帰りましょうか?焼き饅頭、お好きでしょ?」
ばぁっと顔の前にいきなり出てきたのは野村さんの柔らかな笑顔で、昏く落ち込みかけていた僕はびっくりして抱えていた紙袋を落としそうになった。
「晩御飯が入らないとよくないので、半分個しましょうね」
にっこにっこと僕を励まそうとして笑う野村さんを見ていると、先程まで耳の中で再生されていた罵倒が消え去って。
ちょっと前向きな気分になれる。
「あ はい!」
店先で売られる饅頭の匂いに、野村さんと笑い合った時にふと足が止まった。
臭う……?
ひやり と脇を冷たい汗が撫でて行く感触に、思わず震えが来た。
発情期の際にしか感じない、あの匂いだ。
風の匂いや、食べ物の匂い、行きかう人々の匂い。
それらを縫って僕に届く……
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