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青い正しい夢を見る 46

 薬を抱えて帰って、野村さんを探している最中にふと足が止まった。  その主のいない部屋は静まり返って湿っぽく、陰鬱な雰囲気にいつも怯んでしまうのだけれど、そっと戸を開けるのを止められない。  首に手がかかった時の冷たい皮膚の感触が足元から這い上がってくるような錯覚に、震えてその場に崩れ落ちて薬袋を握る手に力を込めた。  鼻をくすぐる、牡臭い臭い。  長い間使われていなくて匂いも薄れている筈なのに……  それでもその部屋の匂いが気になってしまって。 「遥歩さん、帰ってらしたんですね」 「あ  はい、ただいま帰りました」  廊下に蹲っている僕と少しだけ開いている正美さんの部屋の引き戸を見てから、悲しそうな顔をして野村さんは僕の傍らに膝をつき、そっと背中を撫でてくれる。  湿っぽくて冷たいこの屋敷の中で唯一の温かさに、ほっと安堵を感じて笑みを作った。 「  いらっしゃらないのは、寂しいわね」  野村さんが僕を慰めてくれているのは分かる。  けれども、こうやってつい匂いを追いかけてしまうのは恋慕とは言い難くて。  なんと返したらいいのか分からないまま、縋るように薬袋を抱き締めて小さく頭を垂れた。  遠い喧騒に耳が痛くなるほどの静寂。  夢で幾度も繰り返した文化祭前日の学校は、やはり浮足立った雰囲気だ。 「カーテンは閉めたよ」 「うん、こっちも  これで最後」  幾度目かの戸締り確認も、分かっているのに同じやり取りをした。  繰り返し、繰り返し、この場面の夢を見るのは、二人の関わりが委員会の仕事と言う少しの時間しかなかったと言うのと、多分……僕の後悔が一番多く残っているからだ。 「明日の店番が終わったら、一緒に回らない?」  彼の赤い頬の理由も、  僕の胸の動悸も、  すべて問いかけて明るみに出して、その手を取って、逃げ出せていたら?  柔らかに笑いかけてくれる伊藤くんに、あの時できなかった様にやっぱり問いかける事は出来なくて、彼がそっと触れてくれる頬から伝わる温かさに涙が零れた。  しても意味のない行為を止める手段を、僕は持っていなかった。  いや、正確には奥様達に告げてしまえばいいだけの話だったけれど、僕の話と正美さんの話のどちらを信じるのかとなれば、事実がどうであれ僕の言葉なんて何も聞いてもらえないのは明白だった。  それに……そうすれば正美さんに抱かれなくても済むのだ と思っても、ほっとならずに妙な焦燥感が出てきてしまって、項がちりちりと焦れる。 「  これじゃあ  まるで、呪い だ」  ぽつん と呟いた僕に、傍で皿を拭いていた野村さんが「え?」と首を傾げた。

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