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青い正しい夢を見る 45

 吹く風の冷たさに、薄いコートをぎゅっと握り締めて屋敷を後にする。  今回は、なぜだか……  いや、多分、今回も、この腹は空っぽな気がしていた。  医者の表情を見て、なぜだか安堵と共にぶるりと鳥肌が立った。 「今回も、残念ながら   」  ほっとして、浮足立つような、ふわふわとした感覚に息を飲む。 「パートナーの方も来てくれれば、もうちょっと違うアプローチも……」 「先生」  医者の言葉を遮った僕に、きょとんとした顔をしてから「どうぞ」と促してくれた。  漠然と、簡単に聞いてはいけないような気がして「やっぱりいいです」と言いそうになったけれど、治まりきってくれない鳥肌に促されるように、小さな声で尋ねかける。 「  パイプカット って、なんですか?」  思ってもいなかった言葉だったのか、ぱちぱちと何度か瞬きをした後にはっとした表情をした。こちらへと前のめりになった医者の様子に怯んだけれど、それと同時に妙な高揚感のお陰で避ける事はなかった。 「だれ、が?」  その表情を見れば、僕が言う前に答えを知っているのが分かる。 「   それをすれば、子供ってできないんですね?」  あ う と漏れた言葉に答えを聞いた気がして、なぜだか思っていたよりも冷静に「ありがとうございます」と礼を言う事が出来た。 「や  待って、再吻合手術と言う手もあるし  」 「いえ  あの、   」  緩く首を振る僕に医者は掛ける言葉を見つける事が出来なかったのか、項垂れるようにして背もたれに体重を預けて溜め息を吐く。  退席しようと思うのに、項垂れてしまった医者を置いて出て行くのは気が引けて、何か言葉を探すも先程の医者と同じように何も見つける事が出来なかった。 「     これを  」  そう言うと医者はボールペンでメモに何かを書いて手渡してくる。  白い、どこかの製薬会社の名前の書かれたメモ用紙には、どこかの番号が書かれていた。 「君が望むなら、保護してくれる人の電話番号だ」 「     」 「ああ、ホント、ちゃんと保護してくれるから、僕が保証するよ」  この数年、親身に僕を診てくれるこの医者を疑う気持ちは毛頭ない。  けれど、  僕が正美さんに蔑ろにされて、どうしようもない孤独感と寂寥感に潰れそうなのを救ってくれた野村さんを…ぽつんと寄る辺なく生きるしかなかった僕に寄り添ってくれた彼女を……  どうしても置いて行く気にはなれなかった。

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