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青い正しい夢を見る 44

 肺に入ってきた空気が、厭わしくて堪らない。 「はぁ しょうがないか……しかし、お袋達もこいつも馬鹿だよな、俺がパイプカットしてるなんて知らずにさ。せいぜい馬鹿みたいに跡取り跡取り叫んでろ!」  意味も分からないのにひやりとした言葉だったのは、その声に含まれる氷のような冷たさと憎しみのせいだ。  殺意を抱く程僕も憎いのだろうけれど、奥様達も同様に憎んでいる声。 「  っくそ、めんどくせぇ」  下半身が空気に晒される感触と、僕の為と言うよりは自分が挿れ難いからと言う程度に最奥を弄る感触がして……  揺さぶられて、額の痛みの気持ちの悪さに呻いて 呻いて 、けれど正美さんが手加減してくれる訳でも、僕の体を気遣ってくれるわけでもなかった。  凪いだ青い海と、伊藤くんと、 「海は好き?」  そう尋ねかけられて、体育座りしている砂浜の砂を少しだけ掬ってみた。  さらさらと指の間を流れる砂と、足を濡らす海の冷たいようで温かい感触と、それから 伊藤くんと同じ匂いを想って小さく頷いた。 「そう、嬉しい」  そう言うと彼は僕の頬に少しだけ触れて、僕を慰めてくれる。  懐かしい学校の思い出を見る日もあれば、こうやって体験した事のない夢を見る事もある。  二人でこうやって海を眺めるのは僕の願望なのだろうけれど、願望ならば傍らに置かれている彼の手に触る事ぐらい出来るだろうと思うのに、それを実行に移す事は出来なくて。  あの学校生活で、握手の一つでもしていればこの手に触れられたのかな……なんて、馬鹿な事を思ったりもした。 「寂しい?」  気遣う言葉に誘われて、ぽとん と涙が膝の上に落ちる。 「寂しい よりも、悲しい」  何も動けない自分が。  嫌だと言えない自分が。  力のない自分が。  ただ憎まれる自分が。  悲しくて、哀れで、ちっぽけ過ぎて、滑稽だ。  泣き出した僕に、伊藤くんは泣き止めとも言わずに、ただ夢から覚めるまで傍らに座り続けてくれた。  性交から一か月。  Ωの妊娠の有無を調べる事が出来るその日を、思えばいつも怯えながら迎えていたように思う。 「  気を付けてね、寒いから温かくして行ってくださいね。私のマフラー使いますか?」 「じゃあ  お借りします」  水屋にある裏口から出ようとすると、野村さんがそう声を掛けてくれる。僕になかなか子供が出来ない事に対して、触れていい物か励ましていい物か判断できないようで、送り出してくれる時はその事には触れないのが有難かった。

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