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花占いのゆくえ 23

 ふ とこちらを振り向いた薫の目元は、この距離で見ても痛々しいほどの赤みで、原因はオレが泣かせたせいなのは分かりきった事だった。 「薫!」  先程まで「息抜き」とか言っていたくせに、邪魔っ!とばかりにオレの手を放り出して薫の方へと駆けて行く。  オレはー……こちらを睨む忠尚を睨み返しながら、靴裏のザリザリとした小石の感触を噛み締めるようにその黒い車へと足を向ける。 「喜蝶と、登校したの?」 「え あ うん、タイミングが合って」 「   」  薫の視線がオレに向けられたのは感じていたが、今はこの男から視線を逸らすことが出来なかった。 「喜蝶くんだったよね?」 「  はい」 「頼みがあるんだ」  言葉の間に、ピリッとした空気が流れる。 「申し訳ないが、薫くんを泣かすようなことは遠慮してくれないか?」  黒縁の、似合ってはいたが野暮ったい黒縁メガネの奥から睨みつけられ、それに怯んでやる義理も薫のことをこんな男から頼まれる義理もない。  昨夜の、ナニをどこまでこの男に告げたのかは知らないけれど…… 「別に悲しい時だけが泣くってもんじゃないですよ」  そう言ってやるとハンドルを握っていた手がぎゅっと音を立てた。  何か言いたそうに口を開きかけたのを制止させるように、腹に力を入れて声を出す。 「薫はあんたのものじゃない!」  ぎ とこちらを見てくる目はその言葉を拒否する目だ。  は?  ただのβが、αのオレとやり合おうって言うのか?  オレがまだ子供だから、勝てるとでも思ったのか?  腹の奥の方から這い出して来るようなどろりとした黒い物に、いつもは蓋をするのだけれど今回はソレにこちらに出て来いと促した。  重い、  暗い、  陰鬱な、  それは威嚇のための臭いだ。  徐々に顔色を失っていく忠尚に向けて、フェロモンが動くように意識を向けてやる。  わずかにでも感じ取れたらわかるだろう、オレの怒りを。 「  っ 、君、  フェロモンを……っ」  ガラスの向こうの瞳が恐怖に揺れるのを見て、さっさと尻尾を巻いて逃げてしまえと昏い愉悦が脳の内側をくすぐる。  どんどん黒い物が這い上がってくるような感覚に、口の端が自然と持ち上がった。

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