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花占いのゆくえ 52

 オレ達がいることを確認してゆっくりとスピードを落とすバスの明かりが異世界めいて、気まずい空気を完全に塗り替えてしまう。 「あ の、これ」 「ぁ、うん、ありがとうございました」  オレの言葉にミナトは酷く動揺したように肩を跳ねさせ、震える手でカフェオレを手渡してくる。  ミナトは何か言おうとしたのか、口が何度か開きかけたけれど言葉は出ず、バスの乗降口が開いたのを横目で見てから諦めたように項垂れた。 「今日はありがとう、   また」  バスのアナウンスに消されそうなほど小さな別れの挨拶はオレの心を動かすことはなくて、ただ頭を下げて背を向けるしかない。  車内の明かりのせいなのか顔色の悪く見える薫の背を押して、バスのステップに足を掛ける。  薫が何か言いたそうに後ろを振り返ろうとしたけれど、それを遮るようにして中へと押し込めて、代わりにオレが振り返った。  暗い暗い、バスの明かりから漏れた個所にいるミナトはすべてが黒く塗り潰されて、表情の欠片も探すことが出来ない。  ────ミナトのその時の表情を、オレはもっとしっかり見ようとするべきだった。  機嫌の悪そうな薫を見て、六華はそっと回れ右をして逃げ出そうとしていた──が、勢いよく振り返ったから、後ろにいるオレに勢いよくぶつかって思い切り鼻を打ちつけた。 「ひ ひひょうっ!」 「オレの名前はそんな間抜けだったか?」  オレで打った鼻を痛そうに押さえながら、六華はちらりと薫の方を見てからオレを見た。 「今度は何やったのさ」  開口一番に言われた言葉にげんなりしながら、購買で買ってきたグレープフルーツジュースの紙パックを薫に差し出す。  けれど、薫はそれを見て、オレを見て、ぷい とそっぽを向いてしまった。  なぜだか、薫が不機嫌だ。 「オレは何もやってないって。こうやって薫の好きなジュースを買ってきただけだろ?」 「ふぇ⁉喜蝶が⁉」  大きな目を零れ落ちそうに見開いてびっくりされると、オレのこの行動がそれだけ衝撃を与える物なのだと思い知らされる。 「六華まで 」  はぁ と溜息を吐き、薫の受け取らなかった紙パックのストローをセットして、改めて薫の前に差し出した。 「オレは苦いの飲まないからね」 「   っ、り、六華に 」  急に話を振られて、可哀想に六華はぴょこんと跳ねて首を大袈裟に振り、ついでに手を振る。 「そ、そんな甘いの要らない!」  グレープフルーツジュースが甘いとか、六華の味覚の好みは外見に似合わなさ過ぎて誰も信じないかもしれない。

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