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花占いのゆくえ 62

 どうして逃げるのか、なぜ距離を取ろうとするのか、 「こんな いい匂いを させて  」  獲物なのに、  αに食われるための存在なのに! 「 ────喜蝶くんっ!」  鋭い声に指先が空を切った。  はっと我に返るけれど耳の中が自分の心臓の音で占領されて、微かに触れることが出来たその黒髪を掴みたくて、止めようと思うのに同時にミナトに向けて手を伸ばしてしまう。 「オレ いつ   」  ミナトから距離を取る為に窓際に逃げたはずなのに。 「 ぁ  や   喜蝶くん  」  赤く欲情に蕩けた目と、なのに怯えと。 「っ ミナトさんっ  にげ  」  花の匂いじゃない、  Ωじゃない、  わかっているのに、この甘い匂いに抗えない。 「っ  すぐに、薬が 撒かれるからっ」  ミナトがドアノブに手を掛けようとしたところで足首を掴んだ。  力任せに握り締めてしまうと折れてしまいそうな細い足首が酷く蠱惑的で、手の中にあるそれが堪らなく大事に思えて勢いよく引っ張った。 「  ひ ────っ」  力任せにオレに引っ張られて、ドアノブにかかっていたミナトの指先がカシ……とドアの表面を掻いて床へと落ちる。  床に縫い付けた小さくて頼りない存在に、  支配欲が、  征服欲が、  庇護欲が、  そう言った物が満たされて堪らなく気持ちがいい。  わずかに開いている作業着の襟元から匂い立つ濃厚なフェロモンは、βとは言え強烈で眩暈がしそうなほどだ。 「あ ぁ   っ」  堪える為に噛み締めた口の中が金臭い。  これが、発情期の匂いなんだ と、消えそうになる理性で小さく納得した。  振り下ろされたペン型の注射器が太腿に食い込み、その痛みに小さく呻くと傍らの気配が怯える気配がする。 「な  ?」  遠くで聞こえるかのような啜り泣きと、オレを見詰める黒い瞳と…… 「  っ!薫っ!」  どっと跳ねた心臓の促すままに飛び上がると、すぅっと視界が暗くなって体中から力が抜けた。  倒れ込んだオレを再び薫が覗き込み、不安そうに眉根を寄せる。 「喜蝶、動かないで」  動くな と言われても動ける気がしない。  なんだか体の中身だけが落ちて行くような、そんな感覚に呻くことしかできず、とりあえず大きく息を吐いた。

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