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花占いのゆくえ 61

 謝罪を重ねられても、先程その告白を断られたばかりの人間にとっては受け入れられるものではなくて…… 「まだその話、するの?」  威圧的に一言言ってやると、竦められていた肩が震えてこちらを見上げる目にわずかな怯えが混じる。  弱者を怖がらせた優越感と、関係のない、しかも心配してくれているミナトを怖がらせてしまったことに小さな罪悪感が芽生えて、気持ちを切り替えようと緩く息を吐いた。 「断られたんで。もうその話はしたくないです」 「えっ  あっ そ、そうだよね、薫くん彼氏がいたしねっ  でも、でも、二人にモテるなんて、さすがオメガだね」  もう、その話はしたくない と告げたのに。 「薫はミナトさんと一緒のベータです」 「えっ⁉ あ、項をって言ってたから  てっきり   」  言葉が途切れたミナトを不審に思って振り返るも、俯かれた表情は窺えない。 「   」  作り物の像のようにその場に立ち尽くしたミナトを怪訝に思って近寄るも、口元が小さく動いているのが見て取れるだけだ。 「ミナトさん?」 「    タっ   癖に 」  近づけば何か聞こえるかとも思ったけれど、その口から漏れる言葉は最後まではっきりとは聞き取れなかった。  こちらをまっすぐ見詰めるミナトの目元は赤く染まっていて、幾度も幾度も目を瞬いては眉をしかめている。  昨日とは違い、会話らしい会話もなくて……  室温的には寒くもないはずなのに、肩に鳥肌が立つような奇妙な感じがしてぐっと唇を噛み締めた。 「  疲れた かな?」 「や、なんかゾクゾクして  」  小さく首を傾げて「寒いかな?」と呟くと、壁に設置されているエアコンのコントロールパネルへと視線を向ける。 「僕は汗かいてて、暑いかなって思ってたんだけど……もうちょっと温度上げておくね」  そう言って歩き出したミナトの動きに部屋の空気が掻き混ぜられて、ふわりと鼻先に甘ったるい香りが届く。  ソレがナニなんて考えなくてもわかる。 「────っ」  咄嗟の動きで口元を覆い、椅子を組んだ台の上から飛び降りた。  室温を上げたミナトが音に驚き、こちらを見て一瞬で悟ったのか、小さく「あ」と声を漏らして項を押さえてその場で蹲る。  動いた空気が更に掻き混ぜられて…… 「ミナトさ   っ」 「なんっ なんでっ  まだっまだなのにっ!」  よた……と体をよろめかせながらミナトは少しでも距離を取ろうと壁に向かうが、教室とは言え広さの程度の知れているそこではあまり意味のない行動だった。  寒気かと思っていたゾクゾクとした感覚が這い上がってくる、抗い難いその衝動に引きずられるのを拒んで、精一杯の抵抗として歯を食いしばって窓に手をつく。  少しでも開ける事が出来れば、そう思うのに震えで上手く指が動かない! 「あま  ミルクの、甘い……」  小さく天井のエアコンが動き出す音がして、ああ これはまずいと思ったところで体中から力が抜けた。  正確には、腰の奥が痺れて踏ん張っていられなくなった。 「 あ、ぁ   喜蝶く……ごめ  」  跳ね上がる息で苦し気な声で謝りながら、ミナトが這いずりながら奥の部屋へと逃げようとする。  そう、  逃げる  ぽつん と頭の中にその言葉が浮かんだ。

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