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花占いのゆくえ 60

 光を弾くような黒い瞳の端に、小さな水の球が震えているのが見えた。 「でも 俺は忠尚さんを幸せにしたいと思ったから」 「自分の  幸せは?」 「二の次 は正しくないな、そうだな、忠尚さんが幸せなら俺も幸せだって感じるから」  ……そんなのは、わからない!  なんで?  どうして?  自分の幸せよりも相手の幸せを願うなんて、理解できないっ! 「喜蝶、ごめんね」  言葉が出ずに唇を震わすだけのオレにそれだけを告げて、薫は悲しそうな顔のまままた窓の方へと顔を向けてしまう。  「かおる」と幼い頃のような声音で呼べばまた振り返ってくれるだろうかと思いもしたけれど、どうしてだか声が出なかった。    緩やかに減速して停まるバスと、昨日のように校門の前で待つミナトと。  違いと言えば昨日とは違ってミナトがぼんやりと立ち尽くしていることと、バスを降りたオレ達もお互いに無言だったことぐらいだ。  ちらりとバスを降りる薫の方へ振り返るも、こちらの視線に気付く様子はない。 「   ────遅くなってごめん、携帯を学校の机に忘れて時間がわからなくてさ」  何となくの言い訳を言ってはみるが、それが本当か嘘かはバレているような気がする。 「ん  全然、気にしないで」  黒髪の合間から見える目はオレを見ず、だからと言って隣の薫を見ているようでもない、草臥れたように緩く首を振って、昨日のようにオレ達を連れて大学へと足を向けた。  見下ろす前髪の隙間から、隈と擦りすぎた赤い目の縁がちらちらと見えて、課題に追われているのかそれとも…… 「俺はまた、時間潰してるから」  裏の雑草に埋もれてしまいそうな階段を上りきったところで、薫はそう言って歩みを止めた。  不安そうな、申し訳なさそうな、そんな顔をする薫に何か言ってやればよかったのかもしてないけれど、口を開けば薫を引き留めてしまいそうで、頷いて返すしかできない。  建物の表側へと姿を消す薫を見送ってから、ミナトがぽつんと口を開いた。 「   ……ケンカしたの?」 「……や。なんでもないです」  そうぶっきら棒に返すのは、暗に認めているようなものだとわかっているのに止められない。 「ミナトさんには関係のないことでしょ?」  冷たく突き放すような物言いに一瞬はっと黒い瞳が見開かれて、ゆるゆると力なさげに睫毛が伏せられて、その瞳を隠す。 「ごめ  えっと、昨日、僕が雰囲気を壊しちゃったせいかな?」  ぎゅっと肩を竦めて体に力を入れて問いかけてくる言葉は微かに震えていて、責任を感じているのか消えてしまいたがっているようにさえ見える。 「いえ  そんなじゃないです  」 「そ、そか。き 昨日は本当にごめんね、まさかあんな、タイミングとは思わなくて」

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