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花占いのゆくえ 68

 弾む息の整え方を忘れてしまった気分で、肺が破裂しそうに痛む。  傍らに転がる、『発情剤』と文字の入った注射器と……それから、ミナトの手に握り締められている見慣れた小さなピルケース。  蝶の絵の描かれたそれは、薫の誕生日にオレが渡したものだ。  オレが近づいて行くのに、ミナトは顔すら上げない。 「 っ ────   薫は?」  発した言葉が熱くて、まるで耳が火傷したんじゃないかと言うほど大袈裟に飛び上がると、そこでやっとミナトの目がオレを見た。  黒く濁った、綺麗じゃない目だ。  青い顔で震えるから、手の中からピルケースが落ちる。 『いつでも持っててね』  そう言って渡した約束をずっと守ってくれて、薫はこの緊急用抑制剤の入ったケースを手放すことはなかった。 「   手放すことなんか、  ないんだよ」  絞り出した声は走ってきたせいで喉がカラカラだからか、ひび割れた鐘のような不気味な音だ。  ────  …… ────、……   奥のドアを挟んで聞こえる啜り泣きは大きくはなかったけれど、オレの耳の中で木霊して幾重にも幾重にも重なって響いて、今にも頭が破裂しそうだ。  今この瞬間頭が弾け飛べば開けることも出来なくなるのに……と願ったのはただの逃避で、扉に駆け寄ったオレの動きは素早かったと思う。  薄く開けただけで漏れ出してくる濃厚なバニラの匂いは……確かに薫のフェロモンの残り香だった。  どれが誰の、なんて、もう意味がないと思った。  証拠を残す為に体を洗ってはいけないと、何かの講習で習ったがそんなことはどうでもいい。  ただ  ただ  複数人の精液に塗れた薫をその重い枷から解き放ってやりたくて、ハンカチで拭い、袖口で拭った。  けれどそんな程度じゃ払いきれなくて…… 「   き、  ちょ  っ」  時折思い出したようにぐっと噎せると、吐き気があるのか丸めた背を大きく跳ねさせる。 「っ  かおる、もう大丈夫だから、もう、オレがいるから!」  震える薫の体はいくら抱きしめても冷たいままで、温めたくてもどうしていいのかわからない。

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