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落ち穂拾い的な 喜蝶

   このまま警察にでも連れて行かれるのかと思っていたが、看護師に付き添われて案内された先は診察室で、パソコンのある机の前にはすでに医者ではなさそうだが、白衣を着た人物が座っていた。  今は人をまっすぐ見ていられる心情じゃなくて、座るように促された椅子の上で頭を垂れて靴を見つめる。 「怪我をしているね、先に手当をしようか」  コトリ と音がして、机の上の遮光瓶を引き寄せる手元が見えたから、「手当はいいです」と早口で告げると手が止まって、少し考えたようだったけれど、その手が再び瓶を引き寄せることはなかった。 「  こんなところで申し訳ないけれど、ちょっと事情と状況を聞かせてもらえるかな?相手の子が何も話してくれないから。きちんと把握しないといけなくてね。この部屋は映像で記録されているので、下手なことはしないように」 「はい…………でもその前に一つだけ、いいですか?」 「なんだい?」  すぐに引き離されてしまったので薫のケガの具合が心配だった。  大きなケガはなかったと思ったけれど、服の下を確認する事は出来なかったから…… 「薫の傷の手当は?」 「もう終わって薬も飲んでもらったよ」  それを聞いてほぅ と息が漏れる。  だったらいい、もうそれだけでいい、後は薫の襲った犯人がオレだと言い張れば済む事だ。 「じゃあ聞くけど。長年恋慕っていた薫くんがヒートを起こし、それに君が反応してしまい、首を噛んだ と。ざっとだけど訂正とかは?」 「ないです」  そう答えて、俯いていた顔を上げる。  若いな と言う印象よりも、嘘っぽいな と言う印象の人物だった。  Ωの王道のような外見の癖に、口の中を刺激する苦みは……  じっと見ていたのがバレて、オレは気まずくてまたすぐに顔を伏せる。 「    オレが無理矢理犯しました。あのおっさんに取られるくらいなら、無理矢理にでも番になってしまおうと思って押さえつけて項を噛みました」 「場所は野外だっけ?タグの電波が入らなかったらしいんだけど」 「外です」 「最初に相手がヒートを起こした?」 「はい」 「匂いを嗅いでどうした?」 「……押し倒して、服を脱がせました」 「顔を見ながら?それとも後ろから?」 「顔 を、見てました」 「罪悪感、湧かなかった?」 「覚えてないです」 「じゃあ、首を噛んだ時の体位は正常位?後背位?」  ぐっと言葉が詰まって、こんな質問を薫もされるのかと思うと胃がムカムカして吐きそうだった。 「せ……っ  前からです」 「間違いない?」 「はい」  かち、かち、とパソコンを弄ってから、んー……と唸ると、彼は自分の耳の下をトントンと叩いた。 「前から噛むと、頸の傷ってこう言ったところにつくんだよ」 「は  」  トントンと示している箇所を見ると、薫の首についていた場所とは明らかに違う。  ほぼ真後ろについていた痕をつけるのは、正面からじゃ無理だ。  ひや と胸の内が冷たくなる感覚がする。 「先生とも、君がこう言うことをするのは腑に落ちないねって話になってね?本当のことを教えてくれないかな?」  ど と汗が噴き出す。 「オレが襲いました!おっさんに腹が立ってたし!チャンスだと思った!無我夢中だったから間違えて覚えていたんだと思います!」 「……長年恋煩ったのに、番えた時を覚えていない?」 「夢中だったから」 「アルファが、番を手に入れて、覚えていない ね」  鼻で笑われた気がしてむっと唇を曲げると、オレを見下ろしていた目が弧を描く。 「じゃあ無我夢中だから彼の背中に、刃物傷をつけたのも覚えていない?」 「はも  っ⁉」  椅子を蹴り上げて立ち上がったオレに、驚くでもなく飄々とした態度のままパソコン画面を指して笑う。 「ああごめん、これ違う人のカルテだ」  してやられたんだ と立ち尽くすオレに、椅子に座るように促してくる。 「…………君が、どう言った理由で嘘を吐いているのかはわからないけれど、性犯罪を起こしたアルファはそのことをタグに記録される、それがどう言うことかわかる?」 「はい」 「ヒートの巻き込まれ事故だとしても、自衛、防御が出来ていなかったとしてみなされる。進学就職結婚、その度にタグはチェックされるから、これからの人生は生きにくくなるよ」 「……しでかしてしまったことはしかたないです」  唇を引き結んだオレの顔を見て、彼が何を思ったのかは知らない。  ただ胸ポケットから名刺を取り出してオレに預けてきた。 「バース性に影響する匂いの研究をしていて、君のように優性の強いアルファに協力を募っています、もし良ければ覚えておいてくれるかな?」 「……抑制剤代わりの、香水をって研究してた人?」  その名前に見覚えがある。  理解しようと何度もその記事を読んだからだ。 「驚いたな、うん、まだその研究をしているよ。何かあったら連絡しておいで」  白い小さな、素っ気ない名刺には長い肩書が書かれていたが、ふとその名字を見て突っつきたくなるほど頬を膨らませる六華を思い出した。  つっけんどんな、やり込めるようなやり取りをしてから、ちゃんと話さないままだったことに気付いて……  申し訳なさを感じながらも、最後にあの頬を突いておけばよかったな と、ふと思った。 END.

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