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落ち穂拾い的な ミナト
僕の人生の躓きは、産まれた瞬間から。
違うな、もしかしたら、母の腹の中からもうダメだったのかもしれない。
産まれて最初にするバース性の簡易検査でΩと診断されたせいで、ベータ同士の両親は大喧嘩をして……当時六歳だった姉が覚えているくらいだから、よっぽどの大喧嘩だったんだろう。
そのせいでそれから先、両親の夫婦仲はぎくしゃくして未だに修復されることはなくて、家庭内の雰囲気は暗いままだ。
次は……発情時には抑制剤が効かない体質だと言うこと。
これのお陰で、三か月に一回は地獄のような目に遭う。
ナカに欲しくて欲しくて、幾ら擦って出しても治まらなくて……皮膚が弱いせいかすぐに赤くなって、触れただけでも痛いのにそれでも湧き上がる性欲のせいで触れずにはいられない。
お陰で、姉の影響と、少しでも自由さのある進学先を と求めて入った芸術系の大学でも僕は持て余されて、一人だけ作業スペースを別にされた。
でも僕は腐ったりしなかった、少しでも絵を描いて、少しでもこの不自由でどうしようもならない世界で胸を張って行こうと……
半分物置と化しているような、そんなごみ溜めのような一角が僕が作業を許された場所で、そして構内でのヤリ部屋の入り口だった。
発情期に入りそうなΩやそのパートナーのαが奥の部屋になだれ込んでは、濃厚なフェロモンをまき散らしながら何日も籠っている。
そんな場所だ。
集中なんかできるようなところじゃない。
僕の大学での扱いに泣きそうだったけど、でも、もう少し頑張れば何か違うんじゃないかって、いろいろな医者に足繁く通って、何か対策がないかと繰り返し尋ねもした。
僕の体は、βなのにどこまでもΩで、薬も効かなくて……
そんな僕に提案されたのは、発情剤を使って早めに発情期を迎えて周期をコントロールする方法で、結局根本的な解決にはならない話だった。
正直……体質に振り回されてもうクタクタだった。
そんな僕に、「薬を使わなくとも、アルファにマーキングしてもらえばオメガ因子の不活性化を促せる」と教えてくれたのは、どんな医者だったか……一筋の光明が見えたことに興奮して、医者の名前を憶えていなかったのは残念だった。
けれど、薬に頼らない となれば僕にも効くかもしれないと言うことで、いやでも期待をしてしまう。
ただ、やっぱりここでも僕の性が邪魔をした。
αが求めるのはΩ。
1+1の答えが変わらないように、その考え方は不変でどこまでもシンプルだった。
幾らマッチングを行っても番を持ちたいα達からは嫌厭され、付き合えたαもやはりΩがいいと去っていかれ、挙句には老人を宛がわれ、βだと言う事に怒った老人に唾を吐きかけられて、必要のない無駄な性と罵られた。
βに夢を見ることは許されていないのか?
無性ほどフェロモンに無関心でもいられず、
αほど優れているわけでもない、
そして、Ωのように求められるわけでもなくて……
だから、βである自分とマッチングして戸惑っている喜蝶を見た時には、もう諦めていた。
なのに彼が、下手な嘘でがっかりしたことを隠して、『ベータだってことで諦めて欲しくなくって』て言ってくれたから……
明るい髪色のせいか、彼が本当に光って見えた。
彼が僕を誰かの代わりにしているな と言うのには、結構早くに気が付いていた。なぜなら僕を見ているようで見ていなかったから、彼は僕に誰かを重ねて、ひたむきに自分を見て欲しかったんじゃないかな?
Ωらしい線の細い、華奢な子。
こうやって比べてみると、僕は全然Ωっぽくないんだなって言うのがわかってすごく落ち込んだけれど、喜蝶がその子にはっきりと『お付き合いしている』って言ってくれたから、今までずっと曇りだった僕の心の内が晴れて光が差し込んだ気分だった。
嬉しかった、
僕を見てくれるαがいる、
出来損ないのβでも、
あんなにカッコいいαの恋人が出来るんだって、
なのに……どうして喜蝶は彼と共にいるんだろう?
どうして彼から喜蝶の匂いがするのか?
恋人のいるαが、恋人の許しもないままに他のΩにマーキングするのはマナー違反だ。
少し拗ねて見せようか?
彼が我がままを言う時の常套手段で、その後ににっこり笑いながらおねだりされるとなんでも聞き入れたくなる。
それを「しょうがないな」って受け入れるのが存外嫌じゃなくて、プライドの高いαに甘えて貰えてるって言うか、僕になら弱い部分を見せているんだなって思えて嬉しかった。
────なのに、
『オレに項を噛ませて!番になろう!』
って、
僕じゃなくてその子に言うんだ。
やっぱり出来損ないのβなんかより、Ωの方がいいのは喜蝶もだったみたいで、恋人がいても諦められないくらい魅力的に見えているのが羨ましくて悲しかった。
彼の言ってくれた『諦めるな』を心の支えにしていたけれど、それもぐらついてしまって……もう、やっぱりβはダメな性なんだって思うしかできなくて……
なのに、βだって言うから、
さんざん僕が言われてきた『ベータの癖に』って言葉が頭いっぱいに広がって、どうして同じベータなのにあの子は可愛らしくて恋人もいて……なのに喜蝶にまで愛されているのか?
どうして?
相性がいいから出会えたのに、
どうして?
運命は遺伝子の相性じゃ、ないの?
どうして、同じβなのに…………
僕をフッた喜蝶に怒りが向かないのは、この考え方がΩ因子からきているせいかもしれない。その分、僕の怒りは彼に向いていて、暗い昏い感情が底の方から這い出してくるような気分だった。
だから、ふと作戦を思い立って笑った時、魔女が鏡の向こうから見ていると思ってしまった。でもそれに恐れを抱く前に、着信履歴に残っていた番号に指をかけた。
僕からの電話に、あの子が出なかったら?
喜蝶が病院に行かなかったら?
二人が学校で顔を合わせたら?
電話なんて放っておけばいいって、言ったら?
それから ?
僕の衝動に任せた作戦は、いつでもどこでも瓦解に導く綻びがあった。なのに、その沢山の綻びは誰にも咎められないままだった。
これこそ運命だと思った。
なぜならαは、共有を嫌う。
だから、
こうすれば、彼は僕に振り返ってくれる、運命だって、信じながら手の中の注射器を振り下ろした。
END.
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