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落ち穂拾い的な 時宝と言う男

 そこらの行き交う人々の目を引きながら、時宝が駆け寄ってくると、冬らしいどんよりとした空模様なのにそこだけ日が差しているような不思議な気分になる。  背の小さいオレから時宝を見つけるのは簡単だが、人込みから頭一つ分突き抜けている時宝からは探すのが困難らしい。きょときょとと何度も辺りを見渡して、オレを探しているようだが見つけられないようだった。 「  あ!オミくんだ!」  声を掛けようかどうしようかで迷っている時に傍らで聞こえたのはそんな声だった。  思わず上げかけた手を下ろし、ぎゅっと胸に押さえつける。跳ね上がった脈拍を感じて、それから視線を彷徨わせるとショーウィンドウのガラスに映る自分を見つけてしまう。  貧相な外見とおどおどとした態度と猫背。  光のせいか顔色も悪く見えて、  行き交う人達とは違う、おしゃれを考えない実用本位の、着馴染んだと言えば聞こえのいい草臥れた服。  女装している時はともかく、それ以外は自分に似合わない物は徹底排除してきた、そのせいで今の自分がある。  時宝とは、不釣り合いすぎる、闇に沈んだゴブリンのようだ。 「写真は  あの、今はプライベートなので 」 「えーっでもぉ  」 「じゃあ握手くらい 」  さっさと振り払ってこっちにこいよ!と胸中で叫ぶも、あの二人を振り払って駆け寄った先がオレだったと、あの二人が見たらどう思うだろうか?面白おかしくネットに『時宝尊臣』が不細工な素人と待ち合わせをしていたと拡散するんだろうか?  最近、舞台が脚光を浴びて名前が知られ出した時宝に、それはどれだけの打撃だろうか? 「  ──── っ」  視線がこちらに向きそうになった瞬間、さっと柱の陰に逃げ込んだ。そしてそのまま……オレは逃げ出した。  両親が二人で暮らしている実家はもうすでにコタツが出されていて、寒がりな親はどてらを着てぬくぬくとしていた。年に一回も帰らないこともある息子が帰ってきたせいか、両親の目がきらきらっと輝いていて、急いでコタツに入るようにと促してくる。  曖昧にそれを受けながら、コタツに入らずにその傍らに座った。 「おかえりなさい!待ってたのよ?」  朗らかな母の笑顔に押されるように、ぎこちなく笑うと、父も「おかえり」と言ってくれた。それを聞いて、ここが間違いなく帰る場所なんだと言う事を痛感して……  ホルモンのせいだと言い聞かせていた気分の落ち込みが、少し救われた気分になった。 「まるちゃんはお茶飲む?」  まるちゃん と呼ばれて、まだそれが有効だったのかと眉間に皺が寄った。オレの名前は「まどか」だから、漢字で書くとしたら「円」だ、ゆえに小さい頃から親がオレを呼ぶあだ名がそれだった。  それで呼ばれると自分が小さな子供に戻ったような錯覚に陥って、なんとも居心地が悪い。 「うん、貰うよ」 「わかったわ、お茶おねがーい」  朗らかにそうキッチンに向かって言うと、場を仕切り直すように両親はちょっと真剣な顔をしてこちらを向いた。  滅多に帰らない息子が、急に帰って来たんだ。そりゃ、何かあったかなって思うよな。 「  あの、今日来た用事を先に済ます ね」  ぺろりと唇を舐めて濡らして、止まりそうになる心臓を励まして正面の二人に小さな声で、「子供ができたんだ」と告げた。  滅多に帰らず、いきなりこんなことを言って怒られるかと思い、ぎゅっと体を縮込める。 「「「えええええっ」」」  ひくんっ と思わず飛び上がった。  待て、今、一つ多かった。 「…………ま、ま  まま、まどかしゃんっ  それ、どう言うことっ⁉」 「おっお  おまっお前はなんでここにいるんだ!」  待ち合わせ場所から走って逃げて、そのまままっすぐ実家に来たのに、オレの実家の台所からお茶を盆に乗せて姿を見せたのは時宝だ。  ちゃっかりうちの母の花柄のエプロンまでつけて、甲斐甲斐しそうな雰囲気を出している。 「ま、孫 と、言うことか?」  オレと同じ目つきの悪い三白眼な父親にそう言って身を乗り出されると、思わず「ごめんなさい」と謝罪したくなる。 「孫⁉あらやだ!何か月なの⁉女の子なの?男の子なの?」 「どー言うことなの⁉俺聞いてないよ!マジで⁉マジで言ってるの⁉」 「じゃあ保育園はどこにするんだ?」 「保育園の前に産院ですよ!」 「産院の前にどう言うことか教えてくださいよ!」 「おくるみ買わなきゃ!玩具も用意して、何がいるんだったかしら⁉」 「家!家はとりあえず増築でいいな!孫用の部屋はオミくんの部屋の隣に増築するから!」 「おおおお俺の子だよね!じゃないと俺狂っちゃうよ⁉」 「う、る、さ、いっ」  三方から訳のわからない言葉を投げかけられて、一瞬逃げ出してやろうかと思ったけど、待ち合わせ場所に置いてきた時宝が先にここにいると言う事を考えると意味がないだろう。とりあえず一喝して黙らせ、時宝を指さす。 「なんでここにいるんだ⁉」 「え?だってまどかさんの実家だし、待ち合わせに来ないからここかなって」 「その勘こえぇよっ」 「オミくんに大声出さないのよ!うちの雑用進んでやってくれて、とってもいい子なんだから」 「ざ  いつからいるんだよ!」 「以前からちょくちょく来てるよ?」 「あなたよりも顔は見てるわね」  あはは と笑い合う姿を見ると、オレが他人な気がしてくる。   「まるちゃんも隅に置けないわね、カッコいいアルファを捕まえて!これだけ可愛いんだもん、当然よね!」  和気藹々としゃべっている三人を眺めていると、いきなりそう振られて息が詰まった。 「 っ⁉な、なに  」 「母さん、可愛いはもうダメだって決めただろ?カッコいいって言ってやらないと、もう独り立ちした大人なんだし」 「えー……可愛いものは可愛いのに」  母は残念そうにそう言うと、「カッコいいもんね」としょんぼりと言い直した。 「大丈夫です!お母さんお父さん!俺が可愛いって言うので安心してください!」  何が安心なのかも、大丈夫なのかも全然わからないのに、全開の笑顔でそう自信満々に言われるとどうでもよくなるらしい、うんうんと頷いた両親はどこか満足そうで、妙な慈愛に満ちた目でこちらを見守っている。 「や あの、 えー……ナニコレ」 「さっまどかさん、ちょっと俺の部屋に行って話しましょうか?」 「なんで実家にお前の部屋があるんだよ⁉︎」 「そんなことよりお腹の子供のことに関してだよ」  どんなに酷く扱ってもヘラヘラしていた時宝の目が笑っておらず、思わずひぃぃ と悲鳴が細く出る。  こいつには黙ってようと思ったのに……思ったのに……バレた。  しかも黙ってたことを怒ってる。  やられたらやり返してくるこいつのことだ……オレ、何されるんだろ。  時宝の負担になりたくないと言うオレをまるっと無視して、生番組でオレにプロポーズしたことや子供のことを暴露したこと、あと実は『クロノベル製薬会社』の御曹司だとか言う話もあったりするのだけれど、それはまだまだ先の話だ。 END.

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