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かげらの子 3

 迷路のような白い特徴のない角を何度も曲がり、やっと辿り着いた先の扉をノックすると、緊急と言って人を呼び出したとは思えない程呑気な声が入るように告げ、そのマイペースさにしずるは微かに口を曲げた。 「  やぁ、遅かったね、寄り道?」 「いつもの道が通れなくなってたんです」 「あー……そう」  しずるの返事をうわの空で聞いて、瀬能は古びたノートを数冊程差し出してくる。  それは一瞬触るのを躊躇う程古びており、また今にもばらけてしまいそうな程草臥れていた。 「えぇっと?」 「僕が時間を稼ぐから、その間にこの中身を全部カメラで撮って」 「はぁぁぁ?」  手渡された手袋とデジタルカメラと、それから瀬能の顔を交互に見て素っ頓狂な声を上げるしずるを置いて、瀬能は頼んだよ と言ってさっさと部屋を出てしまった。他人の部屋に一人ぽつんと残されて、なんとなく居心地の悪い気分で仕方なくそのノートの表紙を捲ってみる。  几帳面そうなその文字だけで想像するに、男なのだろうな と考えながら最初のページを写真に収めた。  『閏水無月のこと――』  最初の頁はそう始まっていた。  晴れ間と言うには余りにも雨が零れ落ちてこない梅雨の日に、汽車を乗り継いで山の更に奥まった山間の更に先に、バスを頼りに訪れた。  四方を山に囲まれた と言ってしまうのはいささか乱暴な気もするけれど、それ程その村は奥まった、有体に言ってしまえば辺鄙な山奥に存在していた。ぐるりと見渡して目を凝らしても緑の稜線と雨で洗われた空の青さしか目に入らない、そんな場所だ。  木々の葉の上で玉を結んだ水の反射が眩しさに、つい帽子の鍔を引っ張って深く影を下ろす。  普段、本の虫だの部屋の隅の埃だのと揶揄されるような生活しかしていない彼にとっては、四方八方から輝くこの光と言うのが何とも眩しくて仕方がなかった。  ぬかるんだ道に目を遣り、後ろを振り返ると草木に埋もれそうな道に辛うじて分かる筋があり、それに彼がつけた足跡が点々と馬鹿みたいに愚直についている。  それ以外は、何もない。  その不安さを掻き立てる風景に、もしや道を間違えたかと一、二歩程来た道を戻る。  日の高い今なら今まで歩いてきた道を引き返せるのではと言う思いも過りはしたが、けれど藁にも縋る思いで訪れたこの最果ての地で、今更引き返す事は出来ずに彼はやはり一歩踏み出すことにした。 『おめが』  外の国の文化が入るにつれて知られるようになった事だったが、面白い事にそちらでもそう呼ばれていた人種。  こちらでは、まるで男だろうと女だろうと脇目も振らずに群がる様が、誘蛾灯に集る虫ように見える事から揶揄るように『牡牝蛾』と貶めて呼ばれる事もある人々。  噂では……男だろうと孕むと聞く。 「あ つぃ  」  夏だからと短く刈り込んだ髪とカンカン帽の間から汗が伝い落ちて、くすぐったくて敵わない。

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