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かげらの子 4
日差しのない洞のような薄暗くて本に囲まれたいつもの住処が恋しくなり、もう一度後ろを振り返ってみるがとりあえず今は歩みを進めるしかない、何故ならば榎本捨喜太郎にとってこの先にある村は待ち望んでやっと立ち入りの許可の出た村だからだ。
辛うじて村と呼ばれる場所。
村 と言うには余りにも小規模と伝え聞くので、そう呼ぶよりは山の合間に家が身を寄せ合った と言う方が正しいのかもしれない。近頃の村の統廃合で消えてなくなるのではと言う話も聞いていたので、この時機に訪れる機会を得られたのは捨喜太郎にとって僥倖だった。
幾度も村長に研究の為に滞在を許して欲しいと手紙を書いたが、人の行き来の少ない閉鎖的な気質の為かいつも素気無く断られてはお終いとなっていた。それがこの度の伺いの手紙には何故だかさっぱり分からない程の、捨喜太郎が困惑してしまう丁寧さでもって是非是非にと快い返事がしたためられていた。
もういい加減、諦めるべきだと心に決めての最後の一通だったので、その返事を見た際は飛び上がって喜び、普段の寡黙で面白みのない捨喜太郎しか知らない人々を驚かせた。
この世に、花のような芳香を放ち、動物のように発情し、男だろうと子を孕む人間がいる と捨喜太郎が知ったのはいつだったか。
物語の中でだったかもしれないし、人伝に聞いた話の中だったかもしれない。もしくは師事している教授に読んでみるかと勧められた海外の文書の中だったかもしれないし……いや、もしかしたら夢の中だったかもしれない。
気づけばその存在を知っていたし、その事実を知る為にありとあらゆる資料を読み耽った。
何故だか、酷くその存在が気を引いたのだ。
自分の研究すべきものが見つかったと告げた際の父母の怪訝な表情と、ここまで学ばせて挙句眉唾な話を追いかけるなと受けた叱責は捨喜太郎にとっては苦い思い出で、学びたい物を、知りたい物を心のままにと促してくれた師もその目の奥には哀れみがあった事に気が付いていた。
それでも、惹かれてここまで来たのだ。
「 ──ぅ、あ っ」
ズルリと泥濘で足が滑った。
何とか踏ん張ろうとしたものの、普段は籠りきりの生活をしていたのが祟ってかしっかりと体勢を立て直す事が出来ず、無様に体勢を崩して草の中へと倒れ込んだ。
青臭い雑草の臭いと泥土の匂いと、それらを綯い交ぜにした水の噎せ返るような臭いに鼻に皺を寄せて嫌悪感を示した後、捨喜太郎は体に活を入れてぐっと腕を突っぱねた。
「い、 た 」
泥濘の中に大きな石があったのは靴底の感触から分かっていたが、その丸い頭で足首をどうにかしてしまったらしい。
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