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かげらの子 5
体を支えようと踏ん張るとどうにもできないような痛みが右足から焦れるように駆けあがってくる。
「これは、参ったな」
左手の目指す先を見てみるが、木々の向こうまで続く坂道はまだまだ先が続きそうな雰囲気を見せていて、人がひょっこりと顔を見せそうな期待は出来なかった。
力が入らない事はないので骨に何かあるとは思えない。けれどだからと言って動けるかと問われれば唸るしかない。
仕方なく尻が濡れるのを承知で草むらに腰を降ろし、放り出してしまった荷物を手繰り寄せた。
村からの道はこの一本しかないと聞く。
もし誰かが外からの帰りにでも通りがかってくれれば……と淡い期待をしながら、固い体を苦労して曲げて靴下の先を持って力任せに引っ張る。
小さな子供の頃からのこの癖で、母に幾度も叱られた記憶があったがこの年まで結局直す事が出来なかった。
足首は、今は見た目にそう変わりを見つける事は出来なかったが、その内時間が経てば腫れて嫌な形になりそうな気配を見せている。
木陰で日差しは遮られているが、冷やすものは近くにない。
草いきれは酷くはないが、湿気から来る妙な涼しさと照り返しの暑さに中てられて視界が今にも揺れ出しそうだった。
人の気配はせず、耳がおかしくなりそうな程の蝉の鳴き声と風が葉を嬲る音がして、ぽつんと取り残されたようなうら寂しさに捨喜太郎は強く手を握り込んだ。
一抹の寂寥感か、それとも自然を前にした畏れからか、とりあえずその向かい合いたくない感情を誤魔化す為に言葉を出す。
「 はぁ、これは堪えるな 」
シャツを引っ張り風を送るも、まさに焼け石に水だった。
時折思い出したように、もう大丈夫じゃないかと足を動かしてみるも、その度に痛みに顔を顰める羽目になる。
「 ────どうしたものか 」
そう呻いた捨喜太郎の耳に、風の音ではない不自然な音が届いた。
左手にある木々の間にあるひと抱え程の石だ。
石と言うには些か整えられているように見えるので、道祖神か何かだろうと目星をつけたが、音はその辺りから聞こえるように思う。
獣の物にしてはやけに規則的で、やがてその石の傍で音は止み、それからぴたりとそこで存在が消えたかのように何の気配もしなくなった。
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