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かげらの子 20

 昼間の暑さが嘘のように、山の間に吹く風はどこかひんやりとしていて涼しい。  清らかな川の傍に行くと、そこが木陰だったならば寒気を感じる事もある程だった。 「  はぁ、さきがみさんの……?」  この村に着いた日に説明していたと言うのに、捨喜太郎がこの村の祭神である『先神』の事を問うと村人達は一様に怪訝そうな、不思議そうな、尋ねかけるような口調で問いを繰り返してくる。  曰く、先神は蛇の神で一身を二つに裂かれた『裂かれ神』なのだと。  雄神と雌神の一対の神。  先を見通し先触れを伝える神なのだと言う。 「 ……お祀りしてあるんは、この山の向こうにありはぁで」  年寄りが先の曲がった指先で村の背後の山を指す。そこはただ葉のぎっしりと詰まった斜面があるばかりで社や何かそう言った建物がありそうな雰囲気はなかった。 「そこを訪れる事は可能ですか?」 「さぁ、それはさきがみさんに聞ぃかんと。まぁあっちらはもう村ん外で、蛇も出っから  」  最初は混乱したが、ここで出てきた『さきがみさん』は伊次郎の事なのだと、捨喜太郎は幾人かと会話していて理解する事が出来た。  『先神』と『崎上』……  この小さな村で、村長が祭神を祀る神職を兼ねていたのかもしれない。  その流れで祭神と同じ音の名前を持つようになったか? 「村ん中は蛇もでんけど、なーぎゃ ごーがな んがでんけ、どぅーぎゃもっととでんで  」 「ん、ん……あの、すみません、もう一度……」  『さきがみさん』の他に分かったのがこの言葉の壁だった。留夫や伊次郎が普通にやり取り出来る為に不自由は感じなかったが、一対一で村人……特に年寄り連中と会話をしていると、さっぱり分からない言葉が挟まれる事があり、幾度も聞き返す羽目になった。  気のいい者ならばそのやり取りに笑いながら根気強く応えてくれもしたが、短気な者になれば問い直した瞬間にぷいと顔を背けられてしまう。  この年寄りは後者だったらしく、むっとした顔をして手でしっしっと追い払われた。  こうなると手元の作業に目を遣ってしまい、捨喜太郎が幾ら問い掛けてもそこらの雀避けの音と同じように聞き流されてしまう。 「  …………ありがとうございました」  カコカコと言う音に紛れてしまわないように大きな声でお礼を言い、頭を下げて踵を返す。  草の勢いの衰えない道を、また挫かないようにそろそろと注意しながら登り、他に話の聞けていない人は居ないだろうかと斜面の上から村を見渡すと、本当に小さな村なのだと言う事が良く分かった。  斜面に這うように走る道と、苦労して作ったのだろう事が分かる棚田、僅かの家と小さな畑、それから年寄りと少数の働き手の年代の大人と…… 「子供、が  いない、な」  どこの村でも見かけるような転がり遊ぶ子供の姿が見えなかった。

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